ドーナツとインディーズ文化が邂逅する伊勢の名店「水色レコード」

WRITER
白波瀬 達也

三重県伊勢市。伊勢神宮があることで全国にも著名だが、人口は約13万と決して多くない。かつてこの町にはレコードを専門に扱う店があったが、現在は存在しない。このような状況下、新たに面白い音楽文化を発信する拠点となっているのが「水色レコード」だ。店名だけを見れば誰もがレコード店を想起するが、近隣には凝ったドーナツを販売するお店として認識されている模様。では、なぜ店名に「レコード」の名が付くのか。実際に訪問し、店主から話をうかがった。


スタイリッシュな外観が印象的だ

■ 水色レコードの誕生秘話

水色レコードは伊勢市の中心市街地から少し離れたJR参宮線「宮川駅」の近くに位置する。田んぼと畑がまばらにある長閑な住宅街で2017年からドーナツなどの洋菓子とレコードや雑貨などを販売している。店主の伊藤さん(1983年生まれ)は、これまで定職に就きながら、不定期で自作のアクセサリーを様々なイベントに出店していたが、いつかは飲食関係の店を持ちたいと願っていた。その実現のきっかけとなったのが知人の経営する店の周年イベントだった。当初、アクセサリーの出店を依頼されていたが、ドーナツを販売させてほしいと打診。数ヶ月間、必死の思いでレシピを考案し、納得できる味のドーナツを考案した。その際につけた屋号が「水色レコード」なのだ。

「ドーナツを出店することは決まったものの、屋号がないなあと思っていて。良い名前が思い付くまでイメージが降りてくるのを待っていたとき、相方が着ていたアロハシャツのレコード柄を見て、『これだ!』と思ったんです。」


水色レコードの店主、伊藤さん

何と完璧なインスピレーションだろう。ドーナツとレコードの親和性。これはデトロイトのヒップホップ・プロデューサー、J DILLAの評価を決定づけた名アルバムのタイトルからも伺えるし、何よりこのウェブマガジンの名称がはっきり示している。では「水色」はどのような由来なのだろうか。

「水色はスピッツの『水色の街』という曲からとっているんです。友人が私のことを『水色の街』に出てくる人のようだって言っていて。私自身スピッツがすごく好きだったので、良いなあと思って。」

こうして「水色レコード」という印象的な屋号が決まり、しばらくは予約販売とイベントの出店を続け、認知を高める機会を作ってきた。そして2016年に伊藤さんの出身地である三重県松阪市で実店舗「水色レコード」を開業した。


味と素材にこだわったドーナツ

■ DIYな音楽に出会えるドーナツ店への展開

念願の開業ではあったが当時、伊藤さんは伊勢市に住みながら、およそ20㎞離れた松阪市の店舗に朝早くに出勤。ドーナツを仕込み、販売し、夜に帰宅する多忙な生活をしていた。また、松阪市の店舗は小さく、多目的に使うことが難しかった。これらの課題を解消するために、2017年に伊勢市へ移転した。

「私や相方は音楽好きなので、店でライブをしてもらったり、レコードや本を置きたかったんですが、前のお店だと狭くてできなくって。それで伊勢で良い物件がないか探しているときにこの物件に出会ったんです。周りも密集していないし、目立たない場所が良かったんですよ(笑)。それでいて電車の駅から徒歩圏内。自分たちが求める色々な条件が揃っていたので、早く進めないといけないと思って。」

こうして水色レコードは新しい形で再出発した。その佇まいはとても魅力的なものだ。ドアを開けてまず目に飛び込んでくるのは、レコード、CD、自主制作のZINEなどだ。

「ドーナツのお店だと思って初めて来られたお客さんは、だいたい混乱されますね。 レコードや本なども見てほしいので、そういうものを入ってすぐ目に飛び込んでくるよう、ドーナツよりも敢えて目立つ場所におくようにしています。」


DIYの薫り豊かな商品が並ぶ

■ 取り扱う音楽の方針

水色レコードには実に渋いセレクトの音源が揃う。例えばテニスコーツの自主制作のカセット、クラムボンの限定販売のCD、三重県在住のバンドの音源などAMAZONや大手レコードチェーンでは購入できないような作品がジャンルレスに並ぶ。メジャー・レーベルからリリースされている知名度の高い作品を扱って客の関心を引く手もあるが、原則的にそのようなことはしない。ここに水色レコードのこだわりがある。


他店では購入しにくい商品構成が魅力だ

「そんなにたくさん商品を置けるスペースがあるわけではないので、個人で作っているものを扱うことが中心になっていますね。間に誰かが入るのではなく、作り手と直接やりとりさせてもらうシンプルな方法を大事にするお店でありたいんです。今って物を見ずにネットで買い物ができるじゃないですか、簡単に。それとは反対に敢えて自分たちが作り手と直接連絡したりして、『思い』がちゃんとある物を置かせてもらっています。この店に来て商品のPOPを読んでいただいて、実際に買ってもらって『あのレコード良かったです』といったやりとりができるのが理想的ですね。こういう場所が以前は伊勢にもあったかもしれないけど、今はないので。」


高円寺のレコード店「円盤」関連の作品を数多く取り揃えている

このように語る伊藤さんだが、自身はもともと熱心に音楽を聴き込むタイプではなかったという。

「10代から20代前半はライブも行ったことがないような感じでしたが、 音楽好きの相方と出会ってから、深く聴くようになりましたね。ただ私は言葉で説明するのはあまり得意じゃないので、商品のPOPは相方が作っています。普段ドーナツを買ってくれるお客さんが、『今流れている音楽、何ですか?』と尋ねてくださることがあるんですけど、そういったときは、さほど詳しくないお客さんと一緒の目線で提案しています。「この曲も良いですよ〜」、「これ泣けますよ〜」とか(笑)。」

このように少々マニアックな商品展開でも、親近感のあるコミュニケーションが水色レコードでは交わされているのだ。大都市圏ならいざ知らず、小都市の郊外で、こだわりのセレクトを貫く姿勢に筆者は並々ならぬスピリットを感じずにはいられなかった。そのことを伊藤さんに伝えると「自分ではよく分かっていないですけど、人に言わせると私ってパンクっぽい性格らしく、全力で壁にぶつかっていくタイプらしいです(笑)」と答えてくれた。この語りからもうかがえるように、水色レコードは一見、女子受けしそうな小洒落た雰囲気の店だが、良い意味でピリリと締まったカッコ良さがあるのだ。




店主の相方、水谷隆至さんがデザインを手がけるオリジナルグッズも充実している

■ ドーナツと音楽を扱うことの喜び

水色レコードのドーナツは「コーヒー、マロン、レモン、生姜」など珍しい味が揃う。どれもが美味しそうで、選ぶのに困るほどだ(迷ったときはお土産用に「大人買い」をしましょう)。チェーン店に比べたら値は張るが、素材や油にこだわっているため、その分、味は良質。翌日でも美味しく食べられるところも魅力だ。筆者が取材している間も多くの客が来店し、ドーナツを購入していた。伊藤さん曰く、ドーナツとレコードや本などの商品はどちらも水色レコードの主役だ。しかし実際の売り上げの中心はドーナツとなっている。だからこそ、次のような思いに駆られるという。

「私が作ったお菓子に良い反応がもらえるのはもちろん嬉しいですが、人が作り出した作品で、自分たちが良いと思って大切にしているものをお客さんに気に入って頂けたときは余計に嬉しいですね。」

レコードを求めて来た人がドーナツを購入し、ドーナツを買いに来た人が未知の音楽に出会う。水色レコードはこうした人の流れを理想とする。伊藤さんは「まだまだ」と謙遜するが、異種混交を生み出す水色レコードが、面白い人とモノを集めるシンボリックな場所となり、伊勢のローカルシーンを活気づけていることは間違いない。


水色レコードで開催するイベントのフライヤーも店主の相方、水谷隆至さんが手掛けている

■ 取材後記:水色レコードの発掘品


江利チエミ / “テネシーからさのさ”まで(1962 / KING RECORD)

高倉健の配偶者としても知られる江利チエミの歌手生活10周年を記念してリリースされたLP。原信夫とシャープス・アンド・フラッツ、見砂直照と東京キューバン・ボーイズ、猪俣猛とウエスト・ライナーズなど、戦後日本のジャズやラテン音楽を支えたバンドの名演奏を堪能できる名盤。

水色レコード
〒516-0051 三重県伊勢市上地町4122-10
TEL 0596-72-8531
OPEN 12:00〜17:00(土曜は17:30まで / 定休日:日曜・月曜・火曜)
https://www.mizuirorecords.com

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

世界中のレコードを、その手の中に
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