ロンドン・レコード掘りの旅 ⑵ ノッティングヒル編

WRITER
白波瀬 達也

 ロンドン西部に位置するノッティングヒル界隈は良質で個性的なレコード店が集中するエリアで、以前に紹介した都心部のSOHOとは異なる雰囲気をもつ。映画『ノッティングヒルの恋人』を通じて世界的に知られるようになったこの町はロンドン屈指の高級住宅地だが、歴史的には貧しいエスニック・マイノリティの集住地だった。なかでもカリブ系移民の存在感の大きさはロンドン南部のブリクストンと双璧をなす(ブリクストンにはアフリカ系・カリブ系移民の歴史を記録するBLACK CULTURAL ARCHIVESという素晴らしいミュージアムがあるので機会があれば是非訪問してほしい)。

BLACK CULTURAL ARCHIVES
https://blackculturalarchives.org


 ノッティングヒルはイギリスのレゲエやブラックミュージックの発信拠点としての地政学的特徴をもつ。この町の音楽的遺産を挙げればきりがないが、やはり最重要なのは1966年から続くノッティングヒル・カーニバルだ。
 現在はリオのカーニバルに次ぐ規模にまで発展し、世界中から音楽ファンを集めるマス・イベントになっているが、もともとカリブ系移民のためのローカル・イベントだった。ノッティングヒル・カーニバルが開催される背景には深刻な人種対立があったことは忘れてはならない。イギリスにおけるカリブ系移民の定住化の端緒は1948年のエンパイア・ウィンドラッシュ号のロンドン入港だ。彼らは第二次世界大戦後の復興を支える人員として大量に流入したのだ。カリブ系移民は一方では足りない労働力を埋める人材として受容されながら、他方では激しい人種差別を受けてきた。彼らが借りられる住宅も限定的であり、結果的にノッティングヒル界隈が集住地になっていったのだ。
 ノッティングヒル・カーニバルに詳しい人類学者の木村葉子の著書『イギリス都市の祝祭の人類学』(2013年、明石書店)によれば、カリブ系移民が直面したのは、敵意・人種差別、劣悪な住環境、過酷な労働だった。移民を受け入れる側からすると、有色人種が大挙してロンドンに住むようになったことに脅威を感じていたのだ。こうした状況のなかで1958年に有名なノッティングヒル暴動が発生した。白人の若者が「イギリスを白く保て」、「ニガーを殺せ」と叫びながら、石、鉄パイプ、ナイフなどを使って黒人を襲撃。これに対してカリブ系移民も反撃し、逮捕者を100名以上出す大規模な暴動となった。このような深刻な状況の改善を求めて、トリニダードでおこなわれていたカーニバルを通じて人々を繋ぎ合わせようとしたのがノッティングヒル・カーニバルの開催経緯だ。
 後にこのカーニバルにサウンドシステムが導入されるようになり、集客数が大幅に増大した。なかでもGOOD TIMESという名のサウンドシステムの運営者であり世界的に活躍するDJのノーマン・ジェイはノッティングヒル・カーニバルの顔役として長年活躍。彼は1990年にジャイルス・ピーターソンと伝説のレーベル、TALKIN’ LOUDを立ち上げ、イギリスのクラブカルチャーを牽引していった。
https://www.waxpoetics.jp/news/rare-groove-master/

 また、UKレゲエの雄として知られるアズワドもノッティングヒルの出身だ。彼らはノッティングヒル・カーニバルでライヴをおこなっており、その様子を収めたLIVE & DIRECT(1983, ISLAND RECORDS)は、1980年代初頭のUKレゲエの熱量を伝える名盤として知られる。
 このようにノッティングヒルはイギリスの黒人音楽史・クラブミュージック史上の最重要拠点と言っても過言ではない。そのDNAはこの町のレコード店にもしっかりと継承されている。以下では2018年9月に筆者が訪問し、印象的だった店舗を4つ紹介する。

MUSIC AND VIDEO EXCHANGE


 界隈のレコード店の中では古参の部類。ロンドン南東部のグリニッジに支店をもっている。ノッティングヒル・ゲート駅からすぐの場所にあるこの店は1階がロック系、2階がブラックミュージック / ダンスミュージック系に分かれている。幅広いジャンルを扱う「町のレコード屋」といった風情だ。この店の最大の魅力はリーズナブルな価格帯。総じてイギリスのレコード店は日本のレコード店の相場より高めだが、MUSIC AND VIDEO EXCHANGEはそのようなことを感じさせない。
 日本だと比較的高額なFAIRGROUND ATTRACTION / THE FIRST OF A MILLION KISSESやデニス・ボーヴェルがプロデュースしたJANET KAY / CAPRICORN WOMANのオリジナル盤が7ポンド(1000円程度)で購入できた。特定のジャンルに特化したマニアックな商品展開があるわけではないが、イギリスのポピュラー音楽の名盤を入手するならベストな場所の一つだろう。また、ダンスミュージックの旧譜がかなり安い値段で買える点も嬉しい。アシッド・ジャズやグラウンド・ビートが好きな人には意外な掘り出し物があるかもしれない。

MUSIC AND VIDEO EXCHANGE
https://mgeshops.com
Location: 38 Notting Hill Gate, Notting Hill, London W11 3HX

ROUGH TARDE WEST


 1976年にジェフ・トラヴィス(Geoff Travis)によって開業された老舗中の老舗。この店が母体となり、1978年にはレコード・レーベルを展開。THE SMITHS、AZTEC CAMERA、SCRITTI POLITTIなどの歴史に残る作品を多数リリースし、イギリスのインディ・シーンのアイコンとして確たる地位をもつ。
 2007年にはロンドン東部のブリック・レーンにイギリス最大の売り場面積をもつROUGH TRADE EASTを開業しているが、「聖地」という意味では小さな店舗のROUGH TRADE WESTが重要だろう。あまりにもレコード・レーベルとしてのROUGH TRADEが有名なので、ロックなイメージを持ちがちだが、ROUGH TRADE WESTには幅広いジャンルのレコードがある。
 独自の審美眼でセレクトされた新譜を扱う1階のフロアも魅力的だが、個人的には中古レコードを扱う地階のフロアをオススメしたい。さすが「聖地」だけあって、イギリスのインディロックの充実ぶりには目を見張るものがある。その他、ジャズ、ソウルなども良質な音源を多数扱っている。筆者にとって最大の収穫はイギリス録音のラバーズ・ロックの傑作として知られるSHARON FORRESTER / SHARON(1974, ASHANTI)のオリジナル盤が25ポンド(3,600円程度)で購入できたことだ。入手困難だったこの盤は2016年に日本のプロダクション・デシネから再発されて話題となったが、思いがけずオリジナル盤に巡り会えた。近隣にカリブ系のコミュニティがあるためか、レゲエ関連のレコードも充実している。

ROUGH TARDE WEST
http://www.roughtrade.com/
Location: 130 Talbot Rd, London, W11 1JA

PEOPLE’S SOUND


 ノッティングヒルの中心部から北に進んだところにあるレゲエ専門店。この町がカリブ系移民の集住地であることを如実に示す外観が魅力的なレコード店だ。設立者のDADDY VGOは1950年代にジャマイカからロンドンに移り住んだ移民で、サウンドシステムの運営者、セレクター、レゲエイベントのプロモーターとして活躍したラスタファリアンだ。ノッティングヒル・カーニバルにサウンドシステム文化を根付かせたローカル・ヒーローとしても知られる。DADDY VGOは2016年に74歳で亡くなってしまったが、現在もPEOPLE’S SOUNDはこの地でコミュニティに根ざした営業を続けている。UKのレゲエシーンに関心があるなら必ず足を運んでおきたい場所の一つだ。

PEOPLE’S SOUND
Location: 11 All Saints Rd; London, W11 1HA

HONEST JON'S RECORDS


 HONEST JON'S RECORDSは1974年に社会学者としてのキャリアを有するジョン・クレア(John Clare)が設立した老舗のレコード店だ。一時期にはUKのダンスミュージックレーベル、MO’WAXのオーナーのジェイムス・ラヴェル(James Lavelle)が勤めていた店舗としても知られる。日本ではレコード店というよりレーベルとしての知名度の方が高いはず。前衛的なダンスミュージックを制作するアーティストの新譜から歴史的に価値の高い音源の再発やコンピレーションまで、拘りのキュレーションは世界中のコアな音楽ファンからの支持を得ている。
 数あるリリースのなかでも、HONEST JON’S RECORDSの最重要作とされるのがコンピレーション・シリーズ、LONDON IS THE PLACE FOR MEだ。この盤はカリブ系やアフリカ系の移民の音楽を選りすぐったコンピレーション・シリーズでロンドンの音楽史に豊かな彩りを添えている。また、2015年にリリースされた浅川マキのコンピレーション盤は彼女の存在がワールドワイドに知られる大きなきっかけを作った。
 HONEST JON’S RECORDSは現在、ポートベロ・ロード沿いに位置する。高級住宅街のノッティングヒルの中心部に比べると庶民的な雰囲気の街中で営業している。同店は主にジャズやレゲエなどの再発盤とCDを扱っていて、中古は存在しない。とはいえ、さすがは世界中の熱狂的な音楽ファンから信頼されるトップレーベルだけあって、面白い商品が多数ある。非主流的音楽に対する関心が高い人なら必ず楽しめるはずだ。
 いくつか視聴をしていると店のスタッフがフレンドリーに他の音源もレコメンドしてくれた。なかでも素晴らしかったのがTHE NELSON FAMILYというマイナーなゴスペルグループのFILLED WITH HIS SPIRITというアルバムの再発盤。ジャケットが冴えないこともり、通常ならスルーしがちな盤だが、店員の強力な推薦を受けて購入。拙いながらも英語で会話をしながら、知らない音楽を教えてもらうのは海外でレコード店に行くことの一つの醍醐味だ。



HONEST JON'S RECORDS
https://honestjons.com/
Location: 278 Portobello Rd, London W10 5TE

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

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