福岡の音楽文化を盛り上げるレコード店「LIVING STEREO」

WRITER
白波瀬達也

 多くのレコード店がひしめく福岡の天神エリアに昨年4月「LIVING STEREO」がオープンした。同店は古い街並みが残る裏通りに位置しており、小洒落たカフェのような雰囲気を漂わせる。この店のオーナーは長年、福岡の音楽シーンを支えてきた渡辺裕介(1973年生まれ)さん。彼は飲食店のオーナー、DJ、ラジオパーソナリティなど様々な角度から音楽の素晴らしさを伝えてきた人物だ。以下では渡辺さんの生活史を辿りつつ、レコード店開設の経緯を紹介する。


古びた路地裏に爽やかな外観が絶妙にマッチしている

■ 宇部出身のロック少年、イギリスに憧れる

 オーナーの渡辺さんは高校を卒業するまで山口県宇部市で暮らしてきた。彼が音楽にのめり込んだのは中学時代。イギリス・マンチェスター出身のバンドTHE SMITHSの熱烈なファンで多大な影響を受けていた。そして彼が進学した高校で人生の転機となる出会いを果たす。

「高校の時の英語のアシスタントティーチャーがマンチェスター出身のイギリス人だったんですよ。彼もTHE SMITHS好きで意気投合して。これは運命だと思ってイギリスに行くことを決意したんです。」

 高校卒業後、渡辺さんは「自分のやりたいことをするなら実家を出る」と意気込み、福岡県北九州市で一人暮らしを始め、バイトを掛け持ちしながら資金づくりに勤しんだ。そして1992年から1994年にかけて、念願のイギリス暮らしを実現させた。当時、イギリスのインディーロックを愛好していた渡辺さんはロンドン、マンチェスター、リヴァプール、グラスゴーなどで「本場」の醍醐味を存分に味わっていた。そんな折、パブで出会った客たちとの対話が渡辺さんのその後の音楽観を大きく揺るがすものになった。

「一緒にパブに行った知人が『こいつイギリスの音楽に詳しい日本人だよ』って現地の客たちに紹介してくれたんですけど、彼らから『お前は日本の音楽をちゃんと知っているのか?』って問われたんです。その時、全然知らなくてまごついていたら『自分の国の音楽はきちんと知っておくべきだ』と諭されて・・・」

 この体験を引きずりながら帰国した渡辺さんは北九州市に本店を持つ老舗レコード店「田口商店」に入り浸るようになった。そこでレコード拭きの手伝いなどをしながらひたすら日本人アーティストのレコードを漁るようになった。


ジャンル別で構成されているがスミス/モリッシーだけは特別枠

■ 田口商店で「日本のレアグルーヴ」を漁る

 1995年頃の日本は現在とは異なり和モノブームとは縁遠い時代。田口商店は売れ残った日本人のレコードを毎週日曜日に大量放出していた。

「当時、田口商店はダンボール20箱ぐらいを駐車場に出して、タダで放出していたんです。それをまとめて車に乗せて持って帰って聴いていました。なかには山下達郎の「FOR YOU」があったり、今でこそシティポップの名盤とされる間宮貴子の「LOVE TRIP」なんかが入っていたんです。」

 「ゴミ箱漁り」のなかから渡辺さんは独自の視点で宝物を大量に発掘。レアグルーヴ的解釈で自国の音楽を再評価していった。彼が和モノに傾倒していたった背景は先述したイギリスでの体験があったことは間違いないが、地方都市という条件不利もあった。

「当時、日本は空前のFREE SOULブームだったんです。東京のDJが何万円もするレアなレコードをプレイする姿を羨ましいなあと思いつつ、そんなお金はないし、北九州や福岡では橋本徹さんが手がけるディスクガイド「SUBURBIA」に載っているようなレコードは手に入りにくかったんです。それでも自分はパーティをやりたいと思って使えそうな和モノに目を向けていったんです。」


和モノに限らずアジアの音楽を幅広く扱っている

 このように東京のシーンに共感しつつも、無理に背伸びすることなく固有のスタイルを築くことに注力することで、渡辺さんのレコードコレクションはユニークなものとなった。そして25歳のとき(1998年頃)に今はなき北九州の飲食店「CAFÉ BONGO」で和モノを織り交ぜたDJをするようになった。
 当時、DJといえばクラブミュージックのイメージが強かったが、渡辺さんは徹底的にジャンルレスにミックスしていた。その姿に「CAFÉ BONGO」を経営する会社の副社長が興味をもち、福岡に新規オープンさせる飲食店の専属DJとなることを求めた。もちろん渡辺さんは二つ返事で応えた。それまでコンビニでバイトをしながら週末にDJをしていたが、これがきっかけとなり「音楽で飯を食う」という夢が大きく前進することになった。


気さくな人柄が魅力の渡辺裕介さん

■ 音楽の発信基地「STEREO」を福岡に根付かせる

 こうして2002年の4月に大名(福岡市中央区)にDJブースを構えた飲食店「STEREO」がオープン。専属DJがいる飲食店は当時としては目新しいものだった。今ではすっかり福岡の地に根付いたSTEREOだが、開店当時は様々な苦労があった。
 最初の難関は働き方だった。同僚たちがホールやキッチンで汗を流しているなか、選曲だけをするDJはどこか浮いた存在になりがちだったのだ。そこで渡辺さんはバーテンダーを兼任するようになり、接客にも深く関わるようになった。もともとは従業員同士の違和感をなくすための対応だったが、渡辺さんにとってこの出来事が大きな気づきとなった。

「バーテンダーとしての接客とDJって結構似ているなって思ったんです。要はお客さんを楽しませることが自分のしたいことなんだと実感したんです。」

 このような確信にもとづき渡辺さんは積極的にSTEREOの運営に尽力。後に店長として様々な音楽イベントを企画するなど手腕をふるってきた。なかでも興味深いのが毎週火曜日におこなわれる「歌謡ナイト」だ。これは「火曜」と「歌謡」を結びつけて渡辺さんが和モノだけをプレイする名物イベントだ。ただし、当初は必ずしも評判が良いわけではなかった。
 巨大なJBLのスピーカーとマッキントッシュのアンプを備えたSTEREOには耳の肥えた客たちが集まっていたが、和モノは今日のように市民権を得ておらず、文句を言う客や、機嫌をそこねて帰る客が散見されたのだ。それでもへこたれることなくスタイルを貫いてきた。渡辺さんは屈託のない笑顔で和モノに対する評価の変化を次のように振り返った。

「はじめ僕は福岡で和モノをかけるキワモノDJという認知のされ方だったと思うんです。でもDJ吉沢Dynamite.jpさんの活躍なんかがあると思いますが、和モノに対する周囲の捉え方が徐々に変わってきたんですね。クニモンド瀧口さんが手がける流線形のセカンドアルバム「TOKYO SNIPER」がリリースされた2006年頃からは風向きが大きく変わったという印象があります。僕自身がやっていることは以前からほとんど変わらないんですけどね(笑)」

 いわば東京から遠い地で培ったDJスタイルが、意図せざる形で先端的なものになっていったのだ。一方で彼は東京のシーンに対するリスペクトも忘れない。1990年代のクラブシーンに重要な足跡を残した橋本徹率いる「FREE SOUL」と小林径率いる「ROUTINE」を福岡で開催する企画者としても活躍してきた。とりわけFREE SOULとSTEREOは深い絆で結びついている。渡辺さんは熱い口調で次のように語る。

「STEREOをオープンした時のゲストに橋本徹さんをお招きしたんです。その繋がりで周年イベントを『FREE SOUL』と銘打って毎年イベントやっています。自由な聴き方を大切にする日本生まれの音楽文化をこの街で忘れさせないためです。」

 このような持続的な活動が実を結び、渡辺さんは橋本徹さんが監修するusen for café après-midiの選曲者の仲間入りを果たした。一方で渡辺さんは地元を盛り上げることも忘れない。福岡ではAMやFMのパーソナリティとして音楽を紹介するお馴染みの存在にもなった。


橋本徹監修のFREE SOUL 90sとモリッシーが同居する7インチ棚

■ レコード店「LIVING STEREO」を立ち上げる

 長年、福岡の地にグッドミュージックを広めるため、様々な取り組みを仕掛けてきた渡辺さんだが、意外にもレコード店を立ち上げるタイミングは遅かった。彼はその動機を次のように語る。

「今の若い子たちはスマホで音楽を聴くことが当たり前になってしまっていますが、もっと楽しい聴き方があると思うんです。レコードって大きなジャケットが魅力だし、プレイヤーに乗せてじっくり聴くのって最高の贅沢じゃないですか。これをちゃんと広めていきたいなあと思って。あと福岡は買い付けをしない店が多いので、同じ商品がぐるぐる回りがち。これをどうにかしたかったんです。もちろんレコードはインターネットでも買えるんだけど、実際に店で手にとって『こんな音楽があるんだ』って感動は大事ですよね。」


店内はカフェのように居心地が良い

 このような思いからLIVING STEREOは買い取りではなく買い付けを軸に商品を構成している。また、すべてのレコードには丁寧にコメントを添え、気軽に視聴できる環境を整えた。いずれも店を「コミュニケーションの場」として機能させる工夫であり、より多くの世代が音楽へのアクセスを容易にするための試みだ。
 これらの努力が実を結び、LIVING STEREOは多様な世代の男女がレコード店に立ち寄っている。なかにはプレイヤーを持たない若者がレコードを視聴し、購入することもあるという。近所には感度の高い若者が集う系列店「STEREO COFFEE」があり、同店を通じてLIVING STEREOを訪れることも少なくない。このように渡辺さんは既にレコードを愛好している人々だけでなく、「予備軍」を惹きつけるためのフックをあちこちに仕掛けている。これらは特に意識しなければ見えないものだが、福岡の音楽文化を豊かなものにしていることは間違いない。


渡辺さんが企画したスミス縛りDJパーティのフライヤー

■ 取材後記:LIVING STEREOの発掘品


THE SMITHS / THE MEAT IS MURDER(1985 / ROUGH TRADE)

ロックをあまり聴かない筆者だが、渡辺裕介さんの強力なスミス愛に感化され購入した1枚。店主との会話を通じて未知の音楽に出会えるのはレコード店の醍醐味だと実感した。以下、この盤に添えられたコメントの抜粋。「RADIOHEADがカバーしたA-1 The Head Monster Ritualからノンストップで最後まで。切なくてダンサブルで絶対保証のアルバム」 。

LIVING STEREO
〒810-0004 福岡市中央区渡辺通5丁目15-27
TEL 092-6880-4142
OPEN 13:00〜19:00(日曜・月曜は21:00まで / 定休日:木曜)
HP http://sounds.stereo.jpn.com

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

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