レコードが買える奈良の喫茶店「Pleased To Meet Me」

WRITER
白波瀬 達也

奈良の観光の中心は近鉄奈良駅の南側の「ならまち」だが、北側に位置する「きたまち」にも近年、個性的な店が増えてきている。2017年に開業した「Pleased To Meet Me」もそうした店の一つだ。「プリトミ」の愛称で親しまれているこの店は中古レコードを扱う喫茶店だ。以下ではその魅力に迫ってみたい。

■ 中学まではまともだった

プリトミの店主の島田隆志さん(1980年生まれ)は三重県の津市出身。小学校の頃は周囲と同じように日本のヒット曲を聴いていた。中学生になると所属していたバレーボール部でラジオが流行。中部日本放送(CBCラジオ)の番組「冨田和音株式会社」(通称:トミカン)を愛聴していた。とはいえ熱心な音楽ファンというわけではなく、むしろ関心の中心はファッションにあった。

「ファッション雑誌をめっちゃ読んでいたんですよ。そこに載っていた音楽特集がきっかけでコーネリアスのアルバム『FIRST QUESTION AWARD』を買いましたね。パンクの特集とかもあってセックス・ピストルズとかクラッシュとか初期のパンクを聴くようになったり。」

ファッションを契機に島田さんは音楽に接近。そしてロックに傾倒するようになった。

「ちょうどカート・コバーンが死んだ頃でラジオでも毎日のようにニルヴァーナが流れていたんですよ。中3の頃はオルタナ全盛期。当時聴いていたティーンエイジ・ファンクラブの曲に『NEIL JUNG』という曲があって、それでニール・ヤングを知ったり。CDを買うのは近所ですね。津にある谷楽器店というところでCDも売っていたんです。ジャスコにもCD屋がありました。こういうところで日本盤の洋楽CDを買う。中学生の時はそんな感じでした。」

島田さんが音楽に徐々にのめり込むと父親が所有していたフォークギターを手にするように。高校に入ると即、軽音部に入部した。

「同じクラスの洋楽好きのやつと軽音部でバンドをやるようになって、そこから火がついてパンクやグランジにのめり込みました。ブリットポップが流行っていたのでそういうのも聴いていましたね。当時は『rockin' on』、『CROSSBEAT』、『DOLL』という雑誌を買ったりしてました。インタビューや論評を読むのが好きだったんです。『ロック・オルタナティブ パンク / ニューウェイヴ & 80’sアルバム・ガイド800』と『病んだ魂 ニルヴァーナ・ヒストリー』の2冊は暗記できるぐらい読んでいました(笑)。」

島田さんのラジオ好きは高校で加速。渋谷陽一や大貫憲章の番組を愛聴し、テープに録音していた。さらにこの頃には実家がケーブルテレビを導入したことでMTVやスペースシャワーを視聴できるようになった。なかでも深夜に放送していた「オルタナティブネイション」という番組に影響を受けた。こうして感度が高くなった島田さんをより深い世界に引き込んだのはインディーズバンドを組んでいた同級生の兄だった。

「幼馴染の兄貴が名古屋を拠点にインディーズバンドをやっている人で。家に遊びに行ったら、あぶらだことかボアダムスとかがあったんです。こういう音楽って田舎じゃ聴きたくても聴けなくて。」

この出会いをきっかけに未知の音楽への探求が深まった。その実践の一つが自宅近くにあったリサイクルショップ通いだ。

「津に『万陽』という名前のリサイクルショップがあって中古CDが試聴できたんです。そこで怖そうなジャケットのCDを片っ端から聞いてましたね(笑)」

この語りが示すように直感に委ねた柔軟な聴き方が島田さんの音楽観の土台を形成していった。バンド活動に明け暮れる島田さんは「アホな友達」と深夜に部室に忍び込んで爆音で演奏するなど行動がエスカレート。茶目っ気のある笑みをたたえながら島田さんは当時を述懐した。

「中学校まではちゃんと勉強してましたが高校で弾けちゃったんですよ。バンドをやりだすとヤンキーとの接点もできてどんどん道を踏み外していきましたね(笑)。Theピーズの『バカになったのに』という曲の歌詞に『中学まではまともだった、まともだった』とありますけど、まさにあの世界です。」

■ 京都のサブカルチャーに浸った大学時代

進学校に通いながらも音楽にのめり込んだ島田さんの学業成績は不振をきわめた。それでも大学進学を決意し、京都の大学に通うことになった。

「大学では軽音部に入りつつ、レコ研というDJが集うサークルの連中とも仲良くなったんです。だからバンドをやりながらクラブにも遊びにいく感じで。大学生になってからはライブハウスに売り込みに行ったりもしてました。違う大学の連中と仲良くなるからネットワークも広がって。新しく知り合う仲間にはポストロックが好きな奴がいて、その影響でジャズや現代音楽を聴くようになったり。こういう音楽が京都だと買えるんですよね。ワークショップ、パララックス、スーパーミルクとか。京都のレコード屋はほとんど行ったと思います。」

なかでも当時、島田さんが京都で頻繁に通っていたのは下宿先近くにあった優里奈北山店だった。同店には独自にセレクトされたCDやレコードの他に音楽書籍やミニコミなども置いてあった。この時期に島田さんはDIY文化を身近なものとして体験するようになった。

「日本のパンクとかハードコアのバンドがCDじゃなくてレコードで音源を出していたんです。大学の先輩も7インチレコードを作ってライブハウスで売ってたり。こういうのが聞きたくてレコードプレイヤーを買うようになりました。ライブハウスに行くとミニコミやファンジンも買えるんです。それで音楽以外のことにも関心が広がっていったんです。その中で知り合ったのが今、大阪を拠点にDJをやっているOOSHIMA SHIGERUです。当時彼が作っていたファンジンに自分も音楽レビューを書いたりしてました。」

近年、注目を集めているZINE文化だが、島田さんは2000年頃に自ら担い手の一人として関わっていた。

「色々と興味を持ちすぎて、授業はまともに受けていなかったです。バイトして、レコード屋行って、ライブして、大学にはバンドの練習しにいくみたいな感じで(笑)」

このように島田さんの音楽観・社会観は京都のサブカルチャーに浸ることで深まっていった。親元を離れた島田さんを育てたのは大学というより京都の濃厚なサブカルチャーだったと言っても過言ではないだろう。

■ 四日市の濃い人脈

島田さんの充実した京都暮らしは大学卒業によって終了。三重県の実家に戻り就職することになった。それでもただでは終わらないのが島田さんである。地元仲間とバンド活動を再開させ、新たに四日市とのつながりを太くしていった。なかでも最上級のリスペクトを込めるのがパンクバンドAntoniothreeのベーシスト安田幸宏さんだ。安田さんは四日市でNGOOというレコード店を運営しており、島田さんはその常連だった。

「安田さんがいろんな企てを四日市でしていたんです。レコード屋でハードコアのインストアライブをしたり。地方のど変態ですね。安田さんとのつながりがきっかけで日本の歌謡曲にはまるようになったんです。『幻の名盤解放歌集』なんかを知ったのもこの頃です。転機となったのが2008年です。高円寺にある『円盤』の店主の田口史人さんを四日市に呼んで『レコード寄席』をやったんです。そのときに香川県の『直島ミュージックスタジオ』の存在を知って。小さな島のスタジオで作られた曲に村木賢吉の『おやじの海』があるんですけど、1979年に有線で火がついてヒットするんです。ジャンルは全然違うんですけど直島ミュージックスタジオにパンクのDIYに近いものを感じて2011年に連れ合いと訪ねたんです。2015年には円盤から田口史人さんの監修で『直島ミュージックスタジオ作品集』というCDがリリースされて。このCDには自分が直島を訪ねた時に撮った写真が使われているんです。思い入れのある一枚ですね。」

NGOOが閉店すると、店主の安田さんはJR四日市駅の近くにある崩れかけの商店街で「居酒屋優」という名のレコード店を開業。ここが島田さんの新たな居場所となった。こうして四日市通いが長く続いたが、2013年に起きた交通事故が島田さんの生き方を大きく変える契機となった。

「スタジオに行くために三重から大阪に移動していたときに25tトラックに突っ込まれて車が半分ぐらいぺしゃんこになったんです。それで『明日死ぬかもしれない』という妙なスイッチが入ったんです。11年働いてきましたけど辞めて新しいことしようと思うようになって。」

■ 奈良でレコードを販売する喫茶店を開業

心機一転、島田さんが連れ合いと拠点に選んだのは奈良だった。

「たまに奈良に遊びに行ったりはしていたんですよ。奈良って外から見ると何があるのかよくわからないけど面白いと思っていて。おっとりとした空気感も好きやったんで、それなら思い切ってやろうってなって。奈良やったら大阪や京都のツレが遊びに来てくれるやろうという甘い考えです(笑)。あと実家にも帰りやすかったし。」

こうして島田さんは2014年に奈良に居を構えた。しかし店舗となる物件探しは難航した。

「求めていた広さの物件がなくて。DJイベントやライブイベントができて、傍でレコードを売るギャラリー兼カフェ。そんな感じの店をしたいと思っていて繁華街から探し始めて『ないない』ってなって、ようやくここにたどり着いたんです。この物件を見たときに、『ここでやるなら喫茶店やな』と。喫茶店の経験はないんですけど(笑)。大学生のときに京都・北大路の『みやび壱番館』というレコードを売っている喫茶店によく行っていたのを思い出しましたね。」

こうして2017年に奈良のきたまちにPleased To Meet Meがオープンした。店名は島田さんと連れ合いが愛好するリプレイスメンツのアルバムタイトルからとった。喫茶店として始まった店だが、周辺は昼間の通行人が多くないことから「だんだん夜の店になってくるんですよ」と島田さんは笑う。カウンター席と小さなテーブルが数個ある小さな店舗は二人の個性がギュッと凝縮している。

「ふわっとした感じで始めていて、自分たちが好きなものを並べているだけ。それを面白いと思ってくれたら良いですし、ずっとこのカラーでいくつもりも特になくて。カウンターから見ているとみんな楽しそうにしてくれているので、こんな感じで来ていただける店でありたいなあと。」

このように柔らかい物腰で語る島田さんは「レコード屋を名乗るのはおこがましい」と恐縮しながらも、独自の視点でオールジャンルのレコードを扱う。自身のルーツであるパンク、ハードコアはもちろん、国内外のポップスやジャズなどがリーズナブルな値段で陳列されている。プリトミが提供する飲食メニューも個性的で美味しい。なかでもファラフェルのピタサンドは定番メニューとして人気が高い。店内で読める小説や音楽誌などの書籍も充実している。今ではすっかり音楽好きが集う場所として奈良の内外で認知されるようになった。

「レコードを売っていたら音楽好きが来てくれるようになったんです。それで今までDJ経験がない人を集めて『はじめてのでぃじぇい』というイベントをしたり、田口史人さんの『レコード寄席』をやったり、ライブをやったり。僕は外から来た人間なので、奈良でやる意味が欲しいなあと考えていて。特産物とか観光名所とかありますけど店をやっていて思うのはやっぱり人やなと。お客さんがこの店でやりたいと思うことをやるのが基本スタイル。イラストレーターとしても著名なDJのキングジョーさんがプリトミを気に入ってくれて度々来てくれてますけど、そのきっかけを作ってくれたのもお客さんなんです。ちょっと偉そうな言い方ですけど、人が育ったら店も育つかなって。今はそれを信じています。」

プリトミができてから奈良には新しい音楽のネットワークが生まれた。島田さんを媒介に各地の音楽好きが奈良を訪ねるようになり、奈良の音楽好きもプリトミでつながり始めた。客と一緒に店の輪郭を作っていく。そんなダイナミズムがプリトミには宿っている。

■ 取材後記

2017年にプリトミができてから奈良の音楽文化は確実に変化してきた。長年、奈良に暮らしてきた筆者はこのことを強く実感している。取材を通じて島田隆志さんという類稀な音楽好きの存在の大きさを再認識した。奈良を訪問する機会があれば是非プリトミに足を運び、いろんなレコードを聴いてほしい。お土産としてオススメなのが島田さんのDJ名義、セックスピストル光三郎のミックスCD。イロモノのように見えるが実際は音楽愛とユーモアに裏打ちされた上質な和モノ縛り音源だ。

 

セックスピストル光三郎 / ボインの珍庫mix

Pleased To Meet Me(プリトミ)

〒630-8113 奈良県奈良市法蓮町1249-1
TEL 0742-42-6426
OPEN 
火:18:00~22:00 (L.O.21:00)
水・木:12:00~15:00 (L.O. 14:30)  / 18:00~22:00(L.O.21:00)
土・日:12:00~22:00 (L.O.21:00)
https://twitter.com/kissa_ptmm
http://instagram.com/kissa_ptmm

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

世界中のレコードを、その手の中に
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