国内外の良質音楽と出会える鳥取の名店「ボルゾイレコード」

WRITER
白波瀬 達也

 鳥取県鳥取市は人口約20万の県庁所在地だが、他の地方都市と同様に人口減少と高齢化が進んでいる。バブル経済崩壊以降、JR鳥取駅を玄関口とする中心市街地は、郊外の大型店舗に買い物客を奪われるなど、空洞化が課題になってきた。一方、2000年代以降、街に活気をもたらす個性的な店も台頭している。2009年に開業したボルゾイレコードもそのような店のひとつだ。

■ 但馬出身の音楽少年

 店主の前垣克明さん(1972年生まれ)は兵庫県北部の但馬地方出身。10代前半は、おニャン子クラブや斉藤由貴などを好む少年だったが、中学生の時にCDプレーヤーを手に入れ、国内外のロックの名盤を少しずつ揃えていった。

「中学生の頃はビートルズやローリング・ストーンズなんかを聴いていました。バンドブームだったこともあってRCサクセションにもハマっていましたね。清志郎さん(忌野清志郎)がソロアルバム『RAZOR SHARP』を出したのが中3のとき。それはえらい覚えてますね。そこから後追いでRCを集める感じで。『COVERS』(1988年にリリースされたカバーアルバム / 原発に反対する歌が含まれていたので所属レーベルの東芝EMIからリリースが見送られたことで有名)が出たのが高校生の頃です。」

柔和な雰囲気の店主、前垣克明さん

 中学生の頃、前垣さんの周囲には尖った音楽に関心を持つ同級生がほとんどおらず、「1人ではまっているような感じだった」という。中学卒業後は親元を離れ、実家から数十キロ離れた町で下宿しながら高校生活を送った。幸いなことに通っていた高校の真ん前にレコード店があり、そこで様々な音楽と出会った。

「高校のときに色々買ってましたね。清志郎さんが影響を受けたオーティス・レディングも聴いていましたし、ヴェルベット・アンダーグラウンドのようなロックの定番から新しいバンドの作品まで。マンチェスター・ロックのブームが直撃していて、かなり影響受けましたね。ザ・ストーン・ローゼズとか。」

 このように前垣さんは高校時代に新旧の音楽をジャンルレスに摂取。大都市圏に比べると但馬地方は直に音楽文化に触れる機会が乏しいが、『ロッキンオン』や『クロスビート』など、当時広く読まれていた音楽誌やピーター・バラカンや渋谷陽一がホストを務めるラジオ番組を熱心にチェックしながら感性を磨いていった。

ジャンルレスに名盤が並ぶCD棚

■ 鳥取に移り住んで

 但馬地方で高校までを過ごした前垣さんは大学進学を機に鳥取に移り住んだ。そして大学時代に一層音楽にコミットしていくようになった。

「大学生のときには下手くそでしたけど軽音楽部に入って友達とバンドをやったりもしていました。その頃(1990年代の前半)はグランジがブームでしたが、僕自身はティーンエイジファンクラブ、パステルズ、ヨ・ラ・テンゴ、ダイナソーJR、フレーミング・リップスなんかをよく聴いていました。はっぴいえんどにも衝撃を受けて、音楽の幅がぐっと広がりましたね。はっぴいえんどのルーツになるニール・ヤングやバッファロー・スプリングフィールドなんかも聴くようになったりして。」

 大学時代にはCDを取り扱う量販店でアルバイトにも励んだ。この店は売れ筋の音楽を扱う一方でインディーズの作品も扱っていた。すっかり音楽にのめり込んでいた前垣さんは大学卒業後もこの量販店の社員として働き続けた。

「1990年代後半はCDがかつてないほど売れた時代だったんです。エイベックス全盛期だし、宇多田ヒカルの『FIRST LOVE』なんかも出た頃で店にCDを積んでいたらすごい勢いで売れましたが、2000年代になると全体的に売り上げがどんどん落ちていって。ただ僕が入荷を担当していた『名盤探検隊』のような再発シリーズや国内外のインディーズ音源なんかは安定して売れ続けていたんです。だから鳥取でも面白いものを置いていたら食いついてくれる。良いものは最終的に誰かに届くと実感できました。とはいえ店に以前のような余裕がないので、売れるか売れないのかわからないものを入荷し続けることは難しくなっていきましたね。」

 結局、全体的な売り上げは下がり続け、長く勤めていた店がCD販売業から撤退。これに伴い前垣さんは退社した。その後、別の店でCDを販売する仕事に従事したが、売れ筋商品に依存する働き方に違和感を覚え、長くは続かなかった。

■ レトロなビルでの新展開

 前垣さんはこれまでの仕事の経験から音楽ソフトの販売量がどんどん下がっていることを人一倍理解していた。2000年代後半はレコードに対する関心が現在ほど高くなく、インターネットを通じた音楽配信も増え始めるなか、先行きが不透明な時代だった。それでも「自分にできる仕事は良い音楽を伝えること」という信念が強くあった。理想と現実の狭間を行き来しつつ、前垣さんは「歳をとってからやるというより今の感覚でやってみたい」とレコード店の開業を決意した。

店主のコメントが添えられたクラシックス

「前に勤めていたレコード店を辞めて、37歳でボルゾイレコードを始めるまで少し期間があったんです。その時は自分でレコ屋をやるとは思っていませんでした。でも実際に街にレコ屋がないのは寂しいし、自分にできることって何だろうと考えていて。これまで音楽に関わらせてもらった自分がやらなきゃ誰がやるのかって。別に使命感じゃないですけど。」

 周囲から心配する声が少なくなかったが、2009年1月に鳥取市の中心市街地のレトロなビルの2階でボルゾイレコードを開業した。同じビルでヴィンテージ家具などを扱う「santana」(現在はsantana cotoya)が先に開業していたことや、県内外から高い評価を受ける「定有堂書店」が近くにあることは、前垣さんにとっても大きな刺激になった。

ビルの佇まいも魅力的だ

 開業当初は中古音源が中心の店だったが、徐々にテニスコーツをはじめとするインディー系の新譜を増やしていった。現在の店内にはCDとレコード、中古と新品がバランスよく配置されている。取り扱うジャンルの幅は広いが、そこに前垣さんの目利きがしっかりと反映されている。そのことを尋ねてみると次のように語ってくれた。

「インディーロックと同時進行でスライ&ザ・ファミリー・ストーンみたいなファンクがすごく好きになったり、ジャズにはまったり。大学時代にフィッシュマンズの佐藤伸治さんがやっているラジオ番組でレゲエやロックステディの良さを知ったり。だから僕にもいろんなモードがあって。実際、鳥取では何かのジャンルに特化しても難しいと思います。」

国内外の旧譜・新譜が見やすく陳列されている

 コンパクトな店内に様々なジャンルの名盤が揃う様子はまさにセレクトショップ。前垣さんは自らのバランス感覚に基づき「このジャンルが薄いな、と思えば足していったりする」という。

 「新譜をガンガン入れて、ということではないですが、カクバリズム、SWEET DREAMS PRESS、WINDBELL、円盤の作品は開業当初から扱っています。エム・レコードの作品も入れたりしていますが、必ずレーベル買いしてくれるお客さんがいたりしますね。ぶらっと来ていただいて、面出ししているものに目を留めていただけると嬉しいです。」

商品の並べ方はABC順 / あいうえお順ではなく、前垣さんの「音楽地図」を反映している

■ コミュニケーションの場としてのレコード店

 前垣さん曰く、量販的で長くバイヤーを務めた経験はボルゾイレコードでも活かされている。一方、大きな違いとして実感しているのが接客のあり方だ。

「量販店の場合はよほどの常連さんじゃない限り、お客さんと踏み込んだ内容の話をしないですよね。量販店の接客はどこかで虚しさみたいなものがあったのかもしれないです。もどかしさっていうのか・・・。もちろん個人店でもお客さんによっては放っておいてほしいと思う人もいるでしょうけど、その辺は様子を見ながら判断しています。」

 この語りに示されるように、前垣さんは素晴らしい音楽と出会う喜びを多くの人とシェアしたいという思いが人一倍強い。

「明らかに『これだけ探しに来ました』という人は別ですが、何か面白いものがあるんじゃないか、という感じで来てもらえたら嬉しいです。居酒屋に行って店主にオススメを聞いたりするのって楽しいじゃないですか。そういう雰囲気のレコ屋でありたいなあと。」

入り口に設置された黒板には飲食店のように今日のオススメが記されている

 ちなみにボルゾイレコードでは試聴機は設置しておらず、客が希望する音源を前垣さんが店頭でかける方法をとっている。

「うちぐらいの規模の店だと、店頭でお客さんが聴きたいものを流しても他のお客さんの迷惑にならないんですよね。だから「試聴は何枚まで」とか制限していません。音楽好きの方はちゃんとマナーがありますし、聴けるものはできるだけ聴いてもらっています。都会のお店だと制限しないとぐちゃぐちゃになるかもしれないですけど。鳥取だからできているのかもしれないですね。」

 このように前垣さんが醸し出す柔らかい雰囲気が居心地の良さを生み出しているのだろう。この店に行けば必ず良質な音楽に出会える、という安心感が何よりの強みだ。年に数度は取り扱いのあるミュージシャンのリリースに因んだインストアライブも催されている。
 ボルゾイレコードが10年間、鳥取の地に根付くことで、この街は確実に面白くなっているはずだ。一時は寂れていた鳥取市の中心市街地も、近年は近隣にアパレルショップ、カフェ、ゲストハウスなどが新たに開業しており、これらの客がボルゾイレコードに足を運ぶことも少なくないという。ボルゾイレコードは地元に暮らす人たちはもちろん、仕事や観光で鳥取を訪れる人たちにも是非足を運んでもらいたい名店だ。その際はぜひ店主と音楽談義を楽しんでほしい。

■取材後記

mei ehara / Sway (2017 カクバリズム)
普段それほど現行の邦楽を聴かない筆者に店主が勧めてくれた盤。日々の暮らしに寄り添うような穏やかな歌とメロディーが素晴らしい。アルバムに統一感を与えるキセルの辻村豪文のプロデュース、白と青で構成されたアートワークも見事な名盤。

ボルゾイレコード
〒680-0035 鳥取市新町201 上田ビル2F
TEL 0857-25-3785
OPEN 12:00-20:00(定休日:木曜日)
https://borzoigaki.exblog.jp

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

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