松山で新たな音楽文化の種を蒔く「SAADIA RECORDS」

WRITER
白波瀬 達也

愛媛県松山市。およそ50万の人口規模を持つ同市は四国最大の都市だ。同市は文化の中心地でもあり、かつてはレコード店が軒を連ねていた。しかし近年は他の地方都市と同様、減少傾向にある。このような逆境のなかで魅力的なレコード店を運営するのがSAADIA RECORDSだ。


SAADIA RECORDSは魅力的な店が立ち並ぶ松山の中心市街地に立地する

■メンソールレコードが蒔いた種

SAADIA RECORDSは店主の大橋茂さん(1978年生まれ)とウェブサイトを担当する大野晴彦さん(1982年生まれ)が2013年5月に開業した。大橋さんは当時の状況を次のように振り返った。

「仲間たちから『今やっちゃうの?』って言われましたね。松山に10軒ぐらいあったレコ屋がどんどんなくなる時期でしたから心配されました。」


右が店主の大橋茂さん、左が大野晴彦さん

時代に逆行しているかもしれないとの危惧はあったが、自分たちの店を持つことは念願だった。以下ではそこまでの思いを抱かせるに至った彼らのルーツに光を当て、開業までの軌跡を辿る。
 大橋さんは中高生の頃に友人の影響でパンクやヒップホップを聴き始めた。その後、ヒップホップの元ネタに興味が移っていった。大学生になると松山で一人暮らしを始め、一層音楽にのめり込むようになった。大橋さんはクラブカルチャーにも触れるようになったが、当時の彼の眼には松山のDJの多くがヒップホップ系か四つ打ち系に分かれているように映っており、どちらにもうまくコミットできない感覚を抱いていた。
 そんなときに出会ったのが1990年代から2000年代にかけて愛媛の音楽シーンに新しい風を吹き込んだメンソールレコード(後のEARTHBEAT RECORDS)だ。同店のオーナーのカマタヒロシさんは山下直樹さん(下北沢にあったクラブ「Slitz」の代表 / レーベル「skylarkin」のオーナー)やLBネイションと親交が深い人物。TOKYO NO.1 SOUL SETやスチャダラパーのライヴ、クボタタケシをゲストに招いたDJイベントなどを松山で頻繁に手掛けていた。
 大橋さんと大野さんは共にメンソールレコードが発信する音楽文化に浸りながら青春時代を過ごしていた。その意味でSAADIA RECORDSはカマタさんが松山に蒔いた種が時間をかけて発芽したものとみなすこともできるだろう。

■逆境のなかでの開業

 大橋さんは大学卒業後、会社員となり松山に残った。一方の大野さんは専門学校を経て東京で就職した。こうして2人は離ればなれになったが、大野さんが30歳のときに松山に帰郷。この出来事がSAADIA RECORDSを開業する契機となった。大橋さんは人懐っこい笑みをたたえながら現在までの経過を説明してくれた。

「前々からうっすらとですがレコード店をやりたいと思っていました。浜松にSOUL CLAPという名店があって、そこがすごく好きでよく買っていたんです。頭の中で『あんな店が持てたらなあ』と思っていた頃に晴彦が東京から帰ってきたので『このタイミングでやろう』という話になったんです。」


見やすい形状の棚に厳選されたレコードが詰まっている

 大橋さんも大野さんも収入の大部分をレコードに注ぎ込むようなハードディガーだが、過去にレコード店で働いた経験は皆無。そこで2人はそれぞれ本業を維持しながら週末に限って営業することにした。1年後にはウェブショップも始めた。そして徐々に経営が軌道に乗り始めると大橋さんは勤めていた会社を退職。2018年8月から平日もSAADIA RECORDSを開けるようになった。

■こだわりのオールジャンル

 SAADIA RECORDSはソウルとファンクを中心にしているが、ジャンルの偏りはあまりない。とはいえ古いタイプの「町レコ屋」とは異なり、DJ的な審美眼でセレクトされている印象が強い。大橋さんは10代の頃にヒップホップに触れ、そこから元ネタとなる音源に親しむようになった。一方、大野さんは自らバンドをやりながらイギリスやアメリカのロックを愛好していた。このように2人の元々の趣味の背景は異なるが、先述したクボタタケシ、DJ SHADOW 、CUT CHEMISTなど、ジャンルを軽々越境するDJの感性に触れるなかで互いの関心を広げていった。大橋さんは開業当時の状況を次のように述懐した。

「この店を最初にオープンさせたときの商品は2人の私物だったんです。2012年あたりは民主党政権のときでものすごい円高。1ドルが70円代だったんです。だから2人ともeBayやDiscogsを通じてアメリカからめちゃくちゃレコードを買っていて。僕は全財産レコードを買うぐらいの勢いでしたね(笑)。こういうことがあったので海外に買い付けに行かずにそれなりにモノが揃う状況を作れました。」

 店をオープンさせた後も「奇跡的な買い取り」に何度か恵まれてこれまでやってこれたと大橋さんは謙遜するが、海外買い付けへの意欲も隠さない。

「親族がサンフランシスコに住んでいるので、近々それをツテに行くつもりをしています。でも同業者が『西海岸にはもうレコードがあんまりない』って言っていたので、ただの観光になってしまうかもしれません(笑)」

 取材した際にこのように語った大橋さんだが、2019年1月にLAに買い付けを敢行した。そのときの様子がSAADIA RECORDSのHPに掲載されているので是非読んでほしい。また大橋さんと親交の深いDJのJIMMIE SOULのMixcloudでもLA滞在時の貴重なインタビューが聴けるのでこちらも是非チェックを。
https://saadia-web.com/?p=41199
https://saadia-web.com/?p=41319
https://www.mixcloud.com/JunOKadaaa/from-la/


道後温泉の旅館「どうごや」の名物イベント「DougoyART」でターンテーブルを操る大橋さん

■SAADIA RECORDSに繋がる人々

 週末だけでなく平日も店を開けるようになると想像以上に店に足を運ぶ客が多くなった。既述のとおりSAADIA RECORDSはソウルとファンクを軸にしているが、地元の客はあまりアメリカの音楽に興味を示さないという。むしろ、カリブやラテンアメリカの音楽などアメリカ以外の音楽を好む傾向があるそうだ。一方、オンラインで取り引きする客の中心はソウルとファンクだという。このように店舗に足を運ぶ地元客とオンラインの顧客との間に一定の棲み分けがある。
 松山城や道後温泉など、近隣に有名な観光スポットがあることから、国内外の旅行客がSAADIA RECORDSを訪れることも少なくない。外国人は中国、ドイツ、アメリカなど国籍は様々だが、往々にして帯付きの日本版レコードに興味を示すという。また、年配の日本人はロックのレコードを買う者が多いようだ。このように多様な客層がSAADIA RECORDSに集うが、大橋さんがとりわけ喜びを感じるのは若い客との出会いだ。

「ちょっと前に『サチモスが好きです』っていう20歳ぐらいの若い子が来たんですよ。まず僕はサチモスがわからなかったんですね(笑)。すぐにYouTubeで調べて聴いてみるとJAMIROQUAIっぽいな、と思ったんです。それで近い雰囲気のものを何枚か紹介したらすごい喜んでくれて。その子が次に店に来たときに「この前教えてくれたレコードめっちゃ良かったです」って言ってくれて。こんな風に言われると本当に嬉しいですね。その1人に救われるというか、一週間ぐらい機嫌が良くなりました(笑)」


DJ YAMAやJIMMIE SOULなどMIX CDのセレクトも秀逸

 大橋さんはこれまでオンラインショップだけにしようかと悩んだことが何度もあるそうだが、実店舗にこだわって経営してきた。それは前述したような一見些細な客との触れ合いの積み重ねが確かな手応えをもたらしているからでもある。大橋さんは次世代に音楽の魅力を伝えるだけでなく、同世代や上の世代の好事家から学ぶことも多いという。

「いまだにお客さんに教えてもらうことが多いですよ。どの盤に良い曲が入っているとかって。まだ5年ですけど何年やっても知らない盤が出てきますからね。」


7インチのレコードも充実している

 この語りが示すようにSAADIA RECORDSには世代を超えた人々が多様な音楽を求めて集まっている。かつてメンソールレコードが大橋さんと大野さんを結び付けたように、SAADIA RECORDSも松山の地に新しい種を蒔いている。


三軒隣にある焼菓子店PARK SIDE CAFEの店主もSAADIA RECORDSと親交が厚いディガー。愛らしい内装とファンキーなBGMの組み合わせが絶妙。カヌレが名物なのでSAADIA RECORDSと併せて立ち寄ってほしい。

■ 取材後記:SAADIA RECORDSの発掘品

 LA MISSION BAND / SONGS OF LA MISSON(2014 / ROUND WHIRLED)
 アメリカ西海岸のローライダーの暮らしを描いた映画のサントラ。レイドバックな雰囲気が極上のチカーノソウルが楽しめる屈指の名盤。白眉はWILLIAM DEVAUGHNの代表曲BE THANKFUL FOR WHAT YOU GOTのカバー。

SAADIA RECORDS
〒790-0012 愛媛県松山市湊町3丁目10-3-2F
TEL 080-3165-9953(営業時間内のみ)
OPEN 12:00〜19:00(定休日:水曜日)
https://saadia-web.com

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

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