神戸のローカル・カルチャーを耕すレコード店、「汎芽舎」

WRITER
白波瀬 達也

 兵庫県神戸市の中心市街地の元町は市内のレコード店の集積エリアだ。「りずむぼっくす」や「ハックルベリー」といった老舗がどっしりとした存在感を保つ一方、新しい感性でローカル・カルチャーを盛り上げるレコード店も台頭している。その一翼を担っているのが2005年に開業した汎芽舎(hangesha)だ。

■ 布袋寅泰に憧れた少年時代

 汎芽舎は元町駅前の魅惑的な穴門商店街を南に下り、パチンコ屋の角を曲がった裏通りの雑居ビルの2階にある。店内を見回すとニューウェイブ、プログレ、ジャズなどの旧譜から、ハウスの新譜、地元ミュージシャンの自主音源など多種多様な音楽が混在する。


印象的な螺旋階段を上ると店がある

 オールジャンルの「町レコ屋」でもなく、ブラックミュージックを基軸としたレアグルーヴ系の店でもなく、ダンスミュージックの専門店でもない、独特の佇まいが汎芽舎の特徴だ。店主の槇山悠(1980年生まれ)さんは、兵庫県三木市の郊外住宅地で育った。中学生の頃、周囲ではB’zやMr.Childrenが流行っていたが、槇山さんは背伸びをしてビートルズを聴くような少年だった。

「中学3年生の時にエレキギターを購入して通信講座で演奏法を学んでいました(笑)。当時、憧れていたのが布袋寅泰ですね。『スリル』(1995年リリースのシングル)がヒットしていた頃です。高校に入ってからは、バンドをやりながら布袋寅泰に影響を与えたとされるXTCやデビッド・ボウイなんかを聴いたりしていました。でもあんまりハマることはなくて。実際に大きな刺激を受けたのが『真夜中の王国』(1994年から2004年にかけてNHK BS2で放送)というテレビ番組で見たリトル・クリーチャーズですね。『洗練されていてめちゃかっこいいやん』ってなったんです。それからしばらくは「little creatures meets future aliens」(1997年にリリースされたアルバム)を繰り返し聴いていましたね。」


アンダーグラウンドな空気感が漂う店内

■ ジャーマン・ロックとの運命的な出会い

 高校に進学すると槇山さんはこれまで以上に音楽にのめり込むようになった。反面、学校生活には手応えを感じることができず一年で中退。フリーターとして働くようになった。

「工業高校に通っていたんですけど、卒業後の就職ルートにピンとこなくって。音楽の方がずっと面白いと思って辞めたんです。当時はまだ三木市の実家に住んでいて、あんまり街にも出ていなかったので主な情報源はケーブルテレビで見ていたMTVやスペースシャワーでした。当時、ブライアン・バートンルイスがホストを務める「メガロマニアックス」(1998年から2003年かけてスペースシャワーで放映)という番組にハマっていました。ノイズとか変わった音楽を特集していて。ただ、この頃はコピーバンドでギターやっている『イケてないフリーター』って感じでしたね(笑)。」

 10代後半から槇山さんは工場や雑貨店など仕事を転々としており、当時を「音楽を深堀りするわけでもなく一番クソみたいな時期」と自嘲する。しかし20代前半の時に掛け持ちをしていたアルバイト先のCDショップ「Sound 1st.」で転機となる出会いを果たす。

「一緒に働いていたスタッフを通じてジャーマン・ロックを知ることになったんです。CANなんかを聴くようになって『自分が求めていたのがこういう音楽なんや』って思って。音楽の視野がぐっと広がったのがジャーマン・ロックですね。そこから派生して現代音楽やアシッド・ハウスなんかを聴くようになりました。」


店主の槇山悠さん

■ 25歳でレコード店の経営者に

 ジャーマン・ロックを通じて音楽の深みにハマった槇山さん。彼に次なる転機をもたらしたのが頻繁に通っていた雑貨店のオーナーの一言だった。

「僕は文句たれやったんですよ。評論にもならないような文句を言っていたんです。この盤は面白いとか面白くないとか(笑)。そんな自分によく通っていた雑貨店のオーナーが「店やったら?」って言ってくれたんです。口ばっかりで何もせずに終わったらただのショボイ奴やと思ったんで、まだ若いし、『やってみるか』となったんです。」

 こうして槇山さんは25歳という若さで汎芽舎を開業した。影響を受けたレコード店や「汎芽舎」という個性的な店名にについて次のように説明してくれた。

「心斎橋にあったアルケミーミュージックストアや人類レコード、京都のパララックス・レコードはよく行っていたし、影響を受けました。自分が暮らす神戸でも面白いお店をやりたいと思って。店の名前は間章(1978年に死去した音楽評論家)を中心とする「半夏舎」(はんげしゃ)という1970年代のフリージャズ系の企画集団からとっています。語感が良いなあと思って。ただ、半夏(はんげ)というのは仏教用語らしく、自分はその感じを出したくなかったので「汎芽舎」という字に変えたんです。『あまねく』とか『芽が出る』とか、そんな意味が込められています。」


レコードには丁寧なコメントが付く

■ 店の背骨はサイケデリック・カルチャー

 開業当初はフリージャズ、ジャーマン・プログレ、ニューウェイブ、ポストパンクなどのCDをメインに扱っていた。2000年代の中頃はサブスクリプションのサービスが普及した現在よりもずっとCDの需要が高かったのだ。経年と共に扱う商品も少しずつ変化し、中古と新品のレコードが中心になった。しかし変わらないものもある。それは「世に評価されている音楽よりも評価されていない音楽を売りたい」という思いだ。槇山さんは汎芽舎で扱う商品の多くに通底するものとしてサイケデリック・カルチャーというキーワードを挙げる。

「いろんな音楽を扱っていますが、自分の中では時系列があるんです。『1960年代から脈々と続くサイケデリック・カルチャーが現在どこにあるのか』というのがこの店の大きなテーマです。一方でそれとはまったく関係ないものも存在しています。その土地でしか生まれようがないような音楽も扱っています。竹中直人の『笑いながら怒る人』というネタがあるじゃないですか。店にしても音楽にしても、あのネタみたいに相反するものが同居している感覚が好きですね。あと、洗練されすぎたらアカンという感覚はありますね(笑)」


国内外のインディーズ音源が充実している

■ ローカル・カルチャーの拠点として

 槇山さんは汎芽舎のキュレーションの心得を言語化するのは難しいと語る。しかし、その独自の感性に共感を持つ者は多く、関西一円から客を集めている。


店主の審美眼に基づく個性的なキュレーションが魅力だ

「こんなん言ったらアレかもしれませんけど、お客さんは『インテリジェントな人』と『愛すべきクズみたいな人』のどっちかに分かれますね(笑)。そこが交差するのが面白いんですよ。ただ一般ウケはしないですね。もう少し売れそうなものを扱ってもいいのかもしれませんが、もう誰かが推していて既に評価が定まっているものを扱いたくないんですよ。」

 このように語る槇山さんがイチオシするのは最初期から扱っているシカゴのDJ / トラックメイカーのJAMAL MOSSやニューヨークのレーベルMINIMAL WAVEなど。直接取引をする国内外のアーティストやレーベルの音源が中心だ。「こんなインディーなやり方で商売が成り立つのか」と素朴な疑問をぶつけてみたところ飄々とした雰囲気で金言を語ってくれた。

「よく聞かれるんですけど、貧乏でいいならできるんじゃないですかね(笑)。 僕は『ローン組んで家買って、新車買って』という暮らしをしていないじゃないですか。中古物件を自分でリフォームしたり、中古車を買ったり、自分の身の丈に合わせて暮らそうと思ったらやれるはずなんですよ、みんな。」

 DIY精神に溢れる槇山さんは2015年ぐらいから毎週のように店内でDJイベントやライブを催している。


2018年10月20におこなわれたDJイベント「HOUSE 4 EARS」


2018年11月10におこなわれたtakechaとmoanyuskyのライブ

「ローカルで面白いことしたいですね。有名な外タレを呼んでその神輿を担ぐような盛り上げ方ではなく、自分たちでやっていきたいんです。次に繋がる『投資』、アーティストやDJを育てる活動もしていかないとダメだと思っています。店を始めた当初、こういう思いはあまりなかったですけど、続けていくなかで色々気付くことがあって。『誰もやってへんのやったら自分でやろう』となって」。

 このようなスタンスの店が街を面白くする。まさにローカルに根ざしたレコード店の本領だ。取材当日、汎芽舎に頻繁に通う女性客は筆者に「この店に来たら、本当にいろんな人と交われるんです」と語った。確かにそうだ。筆者自身、槇山さんを介してこの店で見知らぬ客と言葉を交わすことが度々あった。

「顔が見える感じの店がいいですよね。この店をやりながら良い悩みを作っていきたいです。『どうしたらもっと面白くなるやろう』って」。

 元町の裏通り、雑居ビルの螺旋階段の上にはこんな豊かな世界が広がっている。

■ 取材後記:汎芽舎の発掘品


MIKE FRANCIS / FEATURES (1985 / CONCORDE)

永遠のクラシックsurvivorの歌い手として知られるイタリア人ポップスターが1985年にリリースした2ndアルバム。メロウ、アーバン、ダンサブルの三拍子揃った傑作。BILL WITHERSの名曲lovely dayのバレアリックなカバーが素晴らしい。

汎芽舎
〒650-0022 神戸市中央区元町通1-12-7 デリカ元町ビル2F
TEL 078-393-5010
OPEN 13:00〜21:00(定休日:水曜)
https://hangesha.shop-pro.jp

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)

白波瀬 達也(社会学者 / フィールドワーカー)
都市問題・地方文化に関心を持つ社会学者。主著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中央公論新社)。大学時代は音楽研究部部長。「三度の飯よりレコード掘り」が信条。ジャズ、ソウル、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、アンビエントなどを好む。日頃は研究活動に従事しつつ、不定期で大阪や奈良でアナログレコードにこだわった音楽パーティを開催している。
http://collective-music.com
http://kunimikojicla6.tumblr.com

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