ブラジル盤のレコードの秘密をお教えします 〜BAR BOSSA店主、林伸次〜

WRITER
林伸次

BAR BOSSAは、渋谷の喧騒を離れた裏道にあり、大人のための静かなお店。ワインを中心に手料理のおつまみや季節のチーズなどを取り揃え、BGMは店名から分かる通り、ボサノヴァが流れる。店主の林伸次氏は、CakesやNoteなどで連載を持ち、フォロワー数20,000人以上の人気文筆家でもあります。過去にはインターネットでレコードを販売する「ボッサ・レコード」というサイトも運営し、レコードに関わる知識は非常に豊富。そして今回、DONUTS MAGAZINEの為にブラジル・レコードにまつわる秘話を執筆して頂きました。さあ、1回目となる本記事、是非ご覧ください。

音楽大国のブラジルのレコードについて

23年ほど前、ブラジルに2ヶ月滞在したことがあるのですが、ブラジル人ってどんな貧乏な家に行っても「音響装置がちゃんとしてる」んです。

熱帯の国ですから「40度をこえる」なんて日はしょっちゅうあるのですが、湿度が低いため「冷房はない」って家、結構あるんです。でも、当時はどの家に行っても「CDコンポ」はありました。

理由はそのまんま、「音楽が大好き」なんです。

ブラジルでは「飲み会」って基本的に飲食店ではやらないんですね。バールみたいなところで一人や二人で飲むか、レストランで食事をするか、みたいなことはあるのですが、「5人〜20人くらいまでの飲み会」って、誰かの家でやるんです。アメリカの映画とかで見たことありますよね。ホームパーティという名前の飲み会。あの時に、このCDコンポが大活躍するんです。もうガンガン鳴らして、お酒を飲んで踊る人は踊るし、女の子に「一緒に踊ろうよ」って言って、身体をくっつけるんです。

もちろん「アナログレコードの時代」もそんな風に音楽は消費されたわけで、ブラジルはさすが音楽大国だけあって、レコードのプレス数ってすごく多いんです。

十数年ほど前、ブラジルに住んでいるレコードのバイヤーからレコードを買って送ってもらって、それをインターネットで販売する「ボッサ・レコード」というサイトをやっていたことがありました。

ブラジルのアナログレコードって「ガラパゴス」と言いますか、もちろん音質や録音は他の国と同様にハイレベルなのですが、ジャケットやレーベルの仕様が独特なんです。

ボッサレコードを始めた当時は、東京の一部のレコード店にしか「ブラジルでプレスされたオリジナル盤」は売ってなくて、地方の人が購入された場合、「ジャケットがバラバラなんですけど、どういうことですか?」って「お怒り」のメールをいただくこともありました。はい、ブラジル盤ってすごく「特殊」なんです。

今回はそんなことをちょっとお話しします。

ブラジルの昔のレコードの大きな特徴とは?

まず、ブラジルのレコード会社は「フィリップス」と「オデオン(後にEMIオデオン)」の2大メジャーレーベルがあります。

もちろん他国同様に、RCAやCBSといったメジャーレーベルもありますし、エレンコやRGEといったインディーズレーベルもありますが、まあ基本的には「フィリップス」と「オデオン」と思ってください。

さて、ブラジルの昔のレコードの大きな特徴がありまして、「背表紙」がないんです。本と同様にレコードにも「背表紙」があって、そこに「Antonio Carlos Jobim/Wave」って印刷されていて、レコード棚に入れたら、それを見て抜き取ることが出来ますよね。


例えばこれはフィリップスのレコードですが、その背表紙がないんです。


そしてフィリップスのジャケットですが、1960年くらいまでは、こんな感じで「厚紙、ビニールコーティング」なんです。


しかし何故か1960年代になってから、こんな感じでペラペラのを折り畳んだだけのジャケットになります。これ、すごく雑ですよね。初めて見た人は「切り取ってあるのかな」っていぶしがるのも無理はないです。

フィリップスのこのペラペラで折り畳んだだけのジャケットは70年代に入ると他国のように厚紙でビニールコーティングのジャケットになります。そこからは残念ながら他国と同じようなジャケットになってしまいます。

さて、一方のオデオンは、レコード屋泣かせで有名です。60年代、何度もレーベルの仕様を変更して、ジャケットも独特のビニールで包まれたスタイルを採用しています。

ただジャケやレーベルが違うだけならコレクターに任せておけばいいのですが、例えば、ジョアン・ジルベルトのファーストアルバムをいくつかのプレス年代違いのレコードで聴き比べると、もしかして全部リマスタリングし直しているのかもと、想像してしまうくらい音が違います。

そんな音の違いに気付いてしまって全てのパターンを集めている方もいるかと思いますので、いくつかの代表的なレーベル・パターンとジャケ・パターンをで紹介してみますね。

① まず、初期モノラル盤のレーベルです。実は、正確なことを申し上げますと、このモノラルのレーベル・デザインもいくつか字体(フォント)が違うものが存在しています。

そして、このレーベルが65年くらいまで続きます(ちなみに、このタイプのレーベルで濃い緑色がかった物もありますが、オデオンはこの色に関しては、そんなにこだわりがないようです。例えばA面が青でB面がその濃い緑といったような不思議な盤も存在するんです。ですので、ここではこの濃い緑のレーベルに関しては触れません)。

② 白地に緑の星オデオンと僕は呼んでいるのですが、こういうレーベルです。66年頃から72年頃まで、このレーベルは採用されているようです。このレーベルの場合、基本的にはモノラルで、ステレオの場合もよくあります(ちなみにこの緑も少しづつ色が違うのがありますが、深追いはやめますね)。

③ その次は72年頃からオレンジ色になります。このレーベルは、基本的にステレオ盤のようです。始めはビニールに包まれていますが、途中から紙ジャケになります。

その後も、オデオンは色んなレーベルに変化します。80年頃はアルバムによってオリジナルレーベルのようなものも出現します。

ジャケットです。1950年代はオデオンは厚紙の重厚なジャケです。

60年代に入るとオデオンは、ビニールで、ペラペラの紙を包むと言う、独特のスタイルになります。

この画像でわかりますでしょうか。おそらくフィリップスやエレンコ(こちらは後で説明します)のように、ペラペラな紙のジャケットでリリースしようとしたのだけど、「これ、ビニールで包んでしまえば?」って思いついたのだと想像します。

このスタイルは日本人が発明したそうです。このビニール・ジャケですが、72年頃にオデオンは採用をやめて、他のレコード会社同様の普通のジャケになっています。

ちなみにオデオンは70年代頭にEMIオデオンになるのですが、「ジャケットにこだわる」という遺伝子は引き継いだようで、70年代終わりから80年代頭にかけて、凝ったジャケットがたくさんリリースされます。

さて、オデオンをさらに複雑にしているモノラル、ステレオ問題です。先ほど、申し上げたように、オデオンは、かなりの時期まで、ステレオ盤とモノラル盤が2種類存在しています。

レコード屋の店頭でのステレオ盤の見分け方はこうです(いちいちカウンターまで持って行って開封してレーベルを確認するのってオタクっぽくて恥ずかしいですよね。でも知りたいし...)。

ステレオ盤である場合、65年頃まではこういうシール④で、66年以降はこういうシール⑤を付けています。もともとモノラルの番号にあえて、ステレオだと表現する場合、MOFBの前に手書きかスタンプで“S”と記入しているものもあります⑥。

SMOFBはステレオ盤ということになりますね。このことからお気付きかと思いますが、MOFBという記号の場合は、すべてモノラル盤が存在するようです。逆に何年のタイトルからステレオ盤が存在するか、という疑問ですが、世界で一番ブラジル盤を触っている人に質問したところ、おそらく63年からではないか、ということです。

エレンコというインディーズレーベル

最後に「いかにもブラジルらしいエレンコというインディーズレーベル」の話をします。

アロイージオ・ジ・オリヴェイラという男がいます。彼はカルメン・ミランダというサンバ歌手がアメリカ進出したときのバック・ミュージシャンでマネージメントもしていました。

カルメン・ミランダの死後、アロイージオはブラジルに帰国し、オデオンのA&R部の部長になります。アメリカ帰りのエリート・プロデューサーですね。

そんな彼が、アントニオ・カルロス・ジョビンやドリヴァル・カイーミの推薦で、ジョアン・ジルベルトのデビューアルバムを作りました。ボサノヴァの誕生です。

アロイージオはそれだけでは終わりません。1963年に自身のインディーズ・レーベル「エレンコ」を立ち上げました。このレーベルのコンセプトは「所有する価値のあるレコード」だったそうで、現在の配信全盛の時代に、なぜかアナログレコードが見直されているのを予言しているかのようなコンセプトですね。

インディーズレーベルの常ですが、資金はあまりなかったようで、初回プレスは2000枚だったそうですが、それでも返品が多くあったということです。

さて、エレンコといえばジャケットの統一されたデザインですよね。この白黒の大胆なデザインですが、実はこれもジャケットのデザインの制作費がなくて仕方なく、白地がバックでアーティストの写真を黒でのせてという単純なデザインになったそうです。

しかし、ご存じのようにこのデザインが逆に「ボサノヴァをイメージするデザイン」となり、各社がこれを真似することになります。

ちなみにエレンコもジャケットがペラペラでこんな感じです。これは初めて見るとびっくりしますよね

さて、エレンコを全部集めようと考えるコレクターの方を悩ませるレコードがありまして、「ME-53」というナンバーの存在ですが、これは「予定されていたけどリリースされたなかった欠番」のようです。世の中には存在しないので、この番号は無視して良いようです。

以上、軽くブラジルのレコードのジャケットやレーベルのお話でした。

BAR BOSSA

BAR BOSSA
東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル 1F
TEL. 03-5458-4185
営業時間 / 月~土 18:00~24:00
定休日 / 日、祝

By 林伸次

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