今月の楽屋インタビューはSing Like Talkingのリーダー佐藤竹善さん at Billboard Tokyo

WRITER
吉岡正晴

今年(2018年)グループ・デビュー30周年を迎えたSing Like Talking(シング・ライク・トーキング)のリーダー、佐藤竹善がグループとしてのツアーを終えて、休む暇もなくソロ活動にギアをシフト。2013年以降、ほぼ毎年(2013年~2015年、2018年)だしているクリスマス・アルバムをリリースしつつ、ジャズ的なトリオを従えてのソロ・ツアーを敢行中だ。アナログ時代からデジタル時代への過渡期に音楽業界に飛び込んだ佐藤竹善は、両者の長所短所を知り尽くしている。レコード盤の思い出から最新情報についてリハーサル後ライヴ前の短い時間だったが話を訊いた。

――このインタヴューが掲載されるサイトはDONUTS MAGAZINEというその名の通りのアナログに特化したサイトなのですが、佐藤さんのデビュー時(アルバム 『TRY AND TRY AGAIN』 1988年11月発売)は、アナログ、それともCD、どちらでしたか?
デビュー作は、アナログとCD、それにカセットで出ました。

――自分の作品が初めてレコードあるいはCDになったときって、どんな印象でしたか?
(アナログが出たことが)すべりこみセーフという感じがすごくありました。その頃は、CDのみで出るか、アナログも出るかの境目くらいだったんで。それがアナログで出させてもらって、CDも出て、でもセカンド・アルバム(『CITY ON MY MIND』、1989年7月発売)はCDだけでした。セカンドのパイロット・シングル(「City On My Mind」=1989年6月発売)は、アナログ、ドーナツ盤(17センチ・シングル盤)とCDシングルで出ました。ドーナツ盤はデビュー曲とセカンドからのシングルで、アナログ・レコードは他にアルバム1枚だけです。ドーナツ盤、レコードもうちのどこかにあります(笑)

――最近またアナログ盤がちょっとしたブームになってきて、限定でアナログ盤を出したりするようになっていますが、そのような形で佐藤さんがソロもしくはグループでまたアナログを出す予定とか、企画はありますか?
2001年に出た『METABOLISM』というアルバムはアナログも出してますね。カヴァー・アルバムのシリーズ(『CORNERSTONES』)としては3枚ほど、クリスマス・アルバムも1枚、アナログ・レコードにしました。限定盤ですね。それらのアルバムは通し番号つけてます。各々1,000枚くらいでしょうか。

――そのあたりは、ファンの方が買うでしょうから、一度ソールドアウトになったら、もうヤフオクとかにも出てこないですよね。
そうですねえ(笑)

――でたら、すごい値段ついちゃいそうですね。
はい (笑)

――今後、アナログも強化して出していこうという感じはありますか?
そうですね、(アナログを出せる)環境が許せばですけどね。来年あたりは、カヴァー・アルバムで。おととし(2016年)新日本フィルハーモニー(交響楽団)と一緒にアルバム(『My Symphonic Visions~CORNERSTONES 6~feat. 新日本フィルハーモニー交響楽団』)を作ったんですけど、それはアナログにする予定です。2019年以降ですが。

■初めて買ったレコードは、ベイ・シティ・ローラーズ

――レコード盤での思い出、思い入れを教えていただけますか。たとえば、初めて買ったレコードは?
ベイ・シティ・ローラーズの1976年のシングル盤「二人だけのデート(I Only Want To Be With You)」です。ダスティ・スプリングフィールドの1963年のヒットのカヴァーですね。ラジオで聞いて自分の意志で(青森の)近所のレコード屋さんに買いに行きました。

 

レコード屋さんはそこともう1軒か2軒くらいしかなかったかなあ。(1976年は)僕が13歳の頃ですから、よく行ってました。そこには街頭テレビのようなものが置いてあって、高校の頃になると、ショーウインドウの街頭テレビでジャーニーのライヴとか、いろいろなものを流してました。テレビで流れていたものをレコード屋の人がビデオで撮りだめててそれを流してたんだと思います。まあ、もっとも子供の頃は(テレビの)怪獣番組のソノシートを、まだ幼稚園とか小学校の頃だったので、買ってもらった記憶があります。実写のテレビ番組『キャプテン・ウルトラ』(1967年4月から9月まで放送された宇宙・特撮シリーズ)のテーマ曲のソノシートなんか覚えてます。主人公のキャプテン・ウルトラの子分の一人、キケロ星人ジョーはまだ売れる前の小林稔侍さんだったんですよ。

 

――都内のレコード店では、たとえば銀座の山野楽器あたりでは、フィルム上映会のようなものがありましたが。
フィルム上映会もありました。行きましたよ。青森では青森教育会館というところで、クイーン、ベイ・シティ・ローラーズのセットでフィルム・コンサートがあって、行きました。司会が(音楽評論家、雑誌「ロッキン・オン」創刊者の一人)渋谷陽一さんでしたね。「僕はドラマーだったんですけど」なんて話をしてましたけど。(笑) 当時入場料400円くらいだったかな。フィルムに女の子たちが「キャーッ」って言ってて大変でしたけどね。


後編:クイーン・ファンが昂じてジョン・ディーコンにあこがれてベースを始めたエピソードや、ストリーミングとアナログ、CDの共存について

佐藤竹善

佐藤竹善
’88年、SING LIKE TALKINGのメンバーとしてデビュー。現在までに11枚のオリジナル・アルバムを発表し、そのノン・ジャンル、ノン・カテゴリーの高品質な音楽は5枚目のアルバム「HUMANITY」以降すべてのアルバムをオリコンのTOP20に送りこみつづけ高い評価を得ている

世界中のレコードを、その手の中に
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