フィラデルフィアのレコードマスター、Rich Medinaに独占インタビュー。アフロ・レコードやヒップホップの始まりについて多くを語ってもらった。

WRITER
Yayoi Kawahito

ヒップホップ発祥地であるニューヨークから南西にわずか90マイルの距離に位置し、ラップミュージックのエネルギーを享受してきた街フィラデルフィア。1980年代、ヒップホップというジャンルが盛り上がり、フィラデルフィアはこのヒップホップを育て、成長させた都市の一つだと言われており、ジャズ、ソウルなどのジャンルでも数々の著名アーティストを生み出している。そんな歴史の深い街、フィラデルフィアを拠点に世界を飛び廻るDJ、Rich Medinaのスタジオに訪れインタビューを行った。アフロビートを駆使したDJとして名を知られ、彼ならではの知的なテイストで多種多様な選曲を展開し、更にはプラチナムレコード・プロデューサー、レコーディングアーティスト、詩人、ジャーナリスト、そしてアイビーリーグ講義者として多彩な才能を持つ。代表作LP『Connecting The Dots』を始め、現在に至るまでにJill Scott、J Dilla、Bobbito Garcia、Phil Asher等のアーティストとの音楽制作にも携わり、ヒップホップの歴史について教育の場で講義するなど、彼の音楽愛はDJとしてだけではとどまらない。幼少期、DJへの憧れをキッカケにレコードを買い集め、今やヴァイナル・コレクターとしても一目置かれる彼の物語をご覧ください。

――まず、あなたのDJ哲学について教えて下さい。

DJってタマネギみたいに、幾つものレイヤーが重なって構造されるからね。剥いて、剥いて、さらに剥いて真ん中に達する。でも止まる事はなくて、実際そこには真ん中なんて無い(笑)。終始、音楽的にも技術的にも学ぶ事だらけ。だからこそ、人生を含めた上でも言える事だけど「常に生徒としているべき」と考えているよ。いつでも学ぶ姿勢でいて、自分が理解出来ない事も理解しようとする。DJは雇われてパーティーに行って、準備不足だと状況に応じて対応できない。書いて来た台本が、その日は役に立ちませんでした。じゃあ、その時どう対応する? そこで終わり?って訳にはいかない。だからこそ自分自身を受け入れて、常に謙虚でいる事。それは音楽であって、人々であって主役は“自分”じゃ無い。そりゃDJしている以上は自分なんだけど、僕はただコミュニティーの中のメンバーの一員であって、お客にサービスを提供している立場だということを忘れないようにしているよ。誰がそのパーティーにいて、どんな内容のパーティーなのか、誰がホストなのか、ハウスなのかヒップホップなのか、アナログなのか、7インチなのか12インチなのか、自分がプレイする環境を理解しそれに応じると同時に、自分自身を表現する為に最善を尽くす。まさにそれこそがアートだと思うんだ。

――ちなみに誰に影響を受けたのですか?
僕の姉は18歳年上で、彼女の最初の旦那さんがローカルのDJだった。特に有名でも人気だった訳でもない。ただ彼は近所でDJをしているお兄さんの1人といった感じで、幼少期に彼がプロフェッショナルになっていく姿を見て育った。いつも彼がDJとして働きに行くときに準備をしたり、レコードを綺麗にしたり、整頓したりしている様子をね。

そんな彼の側で幼少期を過ごし、彼は僕にとって最初のスーパーヒーローだった。その後は、Pete DJ Jones、 Larry Levan、David Mancuso、Shep Pettibone、Ernie、Kendall。勿論ヒップホップのパイオニア達 Kool Herc、Bambaataa、Jazzy Jay、 Grandmaster Flash、Theodore、Cash Money、Jazzy Jeffだね。彼らはクラブ業界、そしてターンテーブルの世界でも道を切り開いた存在だから。確信的なスタイル、スキルのパイオニア。影響を受けた人たちはとても幅広く、だからこそ僕のDJスタイルはこんな感じなんだ。その影響を自分のモデルとして確立してきた。

――その影響がレコードにハマったきっかけだったんですか?
そうだね。姉と姉の旦那さんが母親の家で僕らと一緒に生活をしていたんだけど、彼らとは10〜11歳くらいまで一緒に住んでいて、その後は近所のヒップホップのカルチャーにハマっている年上の仲間達と良く遊んでいた。70年代だったから、今確立している様なヒップホップという音楽としての基盤はなかったよ。MCがパーティーにいて、ライムする人達はいたけどラッパーズ・ディライトとかも存在していなかった時代だから。ヒップホップのシーンが出てきたのは1981年で、僕は1969年生まれ。当時ラップは音楽文化ではなかったし、ヒップホップはジャャンルの形として、この世には浸透していなかった。近所の仲間達は、ヒップホップにハマっている奴らばっかで、ヒップホップにまつわるカルチャーがストリートの問題から僕を守ってくれた。馬鹿なトラブルから守ってくれたね。そして、アスリートとしてこのカルチャーに携わる事は、沢山のことを教えてくれた。戦いの場に立ったとき、練習をしていなければそこで負けてしまう。アスリート、Bボーイ、DJ、 グラフィティーライター、MCとして準備が出来ていないと恥ずかしいことになるし、誰もそれを望んでいない。誰も見ていない時に、訓練し群衆の前に行くと、準備万端でゲームに挑む。DJに加えてヒップホップについてここで述べたのは、今日の自分に辿り着いたのはヒップホップという音楽があったからなんだ。

――ちなみに何枚くらいのレコード・コレクションがあるんですか?
現時点で40,000枚は超えているかな。ここにあるのは、コレクションのおよそ半分くらい。引っ越してから、スタジオが出来て今は全てがいい感じになってきたところ。倉庫からレコード移動している段階だよ。レコードだけになるだろうね。ここ(地下)から屋根まで。

――どういう風にレコードを整理していますか?
ジャンル別に整理して、アルバム、コンピレーション、EP、12インチ、ブート盤に分けているよ。

次ページ : 「最も貴重なレコード」や「変わったレコード」について

Rich Medina

Rich Medina
Rock Steady Crew、The Universal Zulu Nationメンバーに属する、インターナショナルDJリッチ・メディーナ。30年以上の経歴で、プラチナムレコード・プロデューサー、レコーディング・アーティスト、詩人、ジャーナリストとして活躍してきた。マンハッタン・ミートパッキング地区APTから始め、9年間続く伝説のパーティーLil 'Ricky's Rib Shackから、Fela KutiのトリビュートイベントJump-N-Funkなどでアフロビートサウンドでフロアを揺さぶる。現代のルネッサンス教養者であり、先見の明のあるレコードコレクター。

Interview by Yayoi Kawahito
Photo by Koki Sato

世界中のレコードを、その手の中に
  • Google Playでアプリをダウンロード
  • App Storeからアプリをダウンロード

関連記事


新着記事

すべての記事をdig!