高地明インタビュー~70年代日本におけるブルースとレゲエ、Pヴァイン黎明期、クリスタル・トーマス

WRITER
Hajime Oishi

――Pヴァイン初のレゲエ・アルバムは?
1981年に初めてロンドンに行ったとき、ホークアイとスターライトという2つのレーベルと契約したんですよ。1982年に出した『This Is Lovers Rock Stylee』『DJ In Nah Yard Stylee』『Reggae In Nah Disco Stylee』という3枚のアルバムはその2つのレーベルの音源を使ったもので、それがPヴァインで最初のレゲエ・アルバムですね。ちなみに、「AC」という品番はそこから始めたんです。「AC」というのはアフリカ/カリブの略で、そこからアフリカとカリブの音源リリースを本格的に始めました。

――それ以前にもナイジェリアのヴィクター・ウワイフォの『The Nigerian Superstar』(1978年)を出されていますよね。
そうだね。アフリカものは日暮さんが向こうに行って現地で契約してたんですよ。70年代はそこまでリリースは多くなかったけど、1982年以降はアフリカもの、あとはハイチのものもかなり出しました。僕が最初にジャマイカに行ったのは1978年なんだけど……。

――1978年! 日本の音楽関係者でもかなり早いほうですよね。
そうなのかな。そのときはマイアミからハイチに入って、ハイチからジャマイカに行ったんですよ。そのときはあまりに情報がなくて、ランディーズとかキングストンのレコード屋を回ったぐらい。サウンドシステムなんてものがあるということも分かっていなかった。

――1982年以降になると、かなりのタイトルのレゲエ・アルバムを出されていますよね。
ミュージック・ワークスと契約して以降ですね。マイティ・ダイアモンズとかグレゴリー・アイザックスなんかも出しましたね。イエローマンの『Live At Killamanjaro』とか。あの頃は何枚売らないとダメだなんていう制約もなくて、「出したいから出す」という感じだったんですよ(笑)。

――2007年にブルース・インターアクションズを離れて以降、音源制作をやってこられたわけですが、その最新作がクリスタル・トーマスの今回のアルバム『Don’t Worry About The Blues』なわけですね。
そうですね。Pヴァイン時代から繋がりの深かったオースティンのダイアルトーンっていうレーベルがあって、そこのプロデューサーであるエディ・スタウトと日暮さん、そして僕で練った企画なんです。

――クリスタル・トーマスのことはエディ・スタウトから教えられたんですか?
いや、実は日暮さんが3年前に彼女のアルバムを見つけたんです。彼女がセルフ・プロデュースしたインディーのアルバムなんだけど、すごくいいシンガーじゃないかということでエディに情報を送ったんですね。そうしたらテキサスとルイジアナの州境あたりで活動しているシンガーだということをエディが発見しまして、彼がコンタクトを取ってきたんです。

――高地さんはクリスタル・トーマスという歌い手のどういう部分に魅力を感じるのでしょうか。
ブルースの女性シンガーはココ・テイラーに代表されるような、言っちゃなんだけどガナるような歌唱法がひとつのパターンとしてあるんですね。もちろんココ・テイラーは実績を持つシンガーではあるんだけど、クリスタル・トーマスはそうした定型化されたブルースの歌唱法とは違う歌を聴かせてくれるシンガーなんです。自然な節回しでブルースを歌える。彼女のような歌い手は今本当に少ないし、彼女のそんな良さを出したアルバムにしたいと考えていました。

――クリスタル・トーマスはブラサキ(BLOODEST SAXOPHONE)との共演で日本でも知られるようになりましたね。
ブラサキが一昨年オースティンのフェスに出たとき、向こうで一緒にレコーディングをしたんですよ(註:BLOODEST SAXOPHONE feat. TEXAS BLUES LADIES名義の『I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU』)。今回はエディ・スタウトが選んだバンドとレコーディングしようというプランが最初にあったので、まずはラッキー・ピーターソン(ハモンド・オルガン/ピアノ)が参加することが決まって、その後チャック・レイニー(ベース)も弾いてくれることになりました。

――クリスタル・トーマスの素晴らしさは言わずもがな、ここでのチャック・レイニーも素晴らしいですよね。
いいですよね。かつてアレサ(・フランクリン)のバックを務めていたときのようなギンギンのベースじゃなくて、かなりどっしりしてますよね。彼からしてみると、自分よりも20も30も年下のクリスタル・トーマスを支えてやろうという気持ちが音に出てると思います。

――今回のクリスタル・トーマスのアルバムは『Don’t Worry About The Blues』というタイトルでCDが出る一方で、15曲収録のCD盤から10曲をセレクトした『It's The Blues Funk!』というLPもPヴァインから出ますね。
アナログで聞いてこそ、という手応えのグルーヴ、それを選ぼうということで、「ブルース・ファンク」という感覚のあるものをセレクトしました。今までファンク・ブルースという言葉はどこでも使われてきたけど、今回はファンク・ブルースではなく、ブルース・ファンク。ただ単に曲がアップテンポというだけじゃなくて、どうやって今のブルースのグルーヴを作り出すことができるか。そういうことを彼らに託した作品なので、それを強く意識して楽曲をセレクトしました。

――CD版/LP版どちらも、現在の音楽として心地よく聴ける瑞々しいアルバムですよね。
そうですね。7月26日のフジロック・フェスティヴァルに続いて、31日には渋谷クラブクアトロではブラサキとクリスタル・トーマスが一緒にやることになってます。今回の収録曲も取り上げるんだけど、バックがブラサキなのでアルバムとも違うものになるんじゃないかな。あと、今回のアルバムでは「Let’s Go Get Stoned」という曲でクリスタル・トーマスとラッキー・ピーターソンがデュエットしてるんだけど、ラッキーの代わりに吾妻光良にデュエットしてもらおうと考えてます。

――それはおもしろそうですね!
あとね、クリスタル・トーマスはトロンボーン奏者でもあるので、ブラサキの一員となって演奏してもらうことにもなってます。29日には下北沢のメンフィス兄弟でブラサキの少人数編成と一緒にやることになってるし、本人もかなり楽しみにしてるみたい。彼女とは今後も一緒にやっていけたらいいなと考えています。

 


Pヴァインにとって最初にレゲエ作品となった『This Is Lovers Rock Stylee』『DJ In Nah Yard Stylee』『Reggae In Nah Disco Stylee』の広告を掲載した「Black Music Review」1983年3月号



『Reggae in Nah Disco Stylee』に収められたウェイン・スミス「Life Is A Moment In Space」の12インチ・シングルと、『DJ In Nah Yard Stylee』に収録されたジョニー・オズボーン&パパ・トゥーロの12インチ・シングル「Rock And Come On Ya」


クリスタル・トーマスと高地明

クリスタル・トーマス リリース、ライブ情報

高地明(こうちあきら)
1955年生まれ。大学生の時に日暮泰文と知り合い、当時季刊として出されていたブルース同人誌『ザ・ブルース』(後のブラック・ミュージック・リヴュー/bmr)の編集に関わる。 その後、当時世界的にも数少なかったPヴァイン・スペシャルというブルース専門インディ・レーベルをともに興し、ブルース名門チェス・レコードの日本発売権を獲得するなど、オリジナル及び日本編集LP レコードを多数制作した。

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