ブルックリンにあるレコード・プレス工場へ潜入。伝説のレーベルSleeping Bag Records創設を経て、レコードプレス会社のオーナーになった理由とは?

WRITER
Yayoi Kawahito

世界初の再生可能なレコードは、1877年トーマス・エジソンにより発明された、直径8cmの錫箔(すずはく)を貼った真鍮の円筒に針で音溝を記録したものと語り継がれている。その基本原理は、現代のレコード盤と同じものである。ではこの音を詰めた円盤はどういった風に製造されているのか? 今回はブルックリンにあるレコードプレス工場Brooklyn Vinyl Worksに足を運び、見学させてもらった。オーナーのWill Socolovは、80年代に伝説のディスコ・アーティストArthur Russellと共にSleeping Bag Records / Fresh Recordsを創立し、ダンスミュージックや、ラップグループEPMDの作品などを世に送り出した音楽界の重鎮。ニューヨークの音楽シーンに偉大な役割を果たし、現在ではBrooklyn Vinyl Worksのオーナーとしてプレス工場を経営している彼に、30年以上レコード製造に携わり、昔ながらのアナログ技術を駆使し続けている職人のリアルな声を聞かせてもらった。

――まず、どういった流れでレコードプレス工場の経営をすることになったんでしょうか?


元々、Arthur Russellとパートーナーだったんだけど、離散したんだ。Sleeping BagとEPMDなどのヒップホップレーベルFresh Recordsを続けたんだけど、当時のパートーナーと揉めて、解散に至った。その後、DJ Todd TellyとFreeze Recordsを創立して、Toddがリミックスの制作などで多忙になり、彼はレーベルの運営に手が回らなくなった。それ以前にもJay-Zのデビューアルバム『Reasonable Dout』を含め、数々のラップグループと契約したよ。僕の兄弟もニューヨークのレゲエシーンでShabba RanksやRed Fox等のアーティストが所属するSignet Recordsというレーベルをやっていた。音楽業界で成功し、多額のお金が関わると同時に多くの醜い対立が生じ、彼はレーベルを離れる事を決心した。僕らはそういった業界で起きる争いに興味がなかったんだ。そして兄弟が別の事業でレコードをカッティングしたいと言うから、Jay-Zの契約の際に稼いだお金を資金に、マスタリングの施設を買収したんだよ。皆んなのためにレコードをプレスし始めたけど、それは思ったより困難で予想以上の仕事量だったね。1990年くらいに最初のプレス工場を始めてから、およそ30年経つ。長い間このビジネスをしてきて、沢山の事を学んだよ。



――どのような顧客が多いんでしょうか? 主にアメリカ国内からですか?
ボストン、ニューヨーク界隈の顧客中心だね。ダンスミュージックだとJoe ClaussellのSacred Rhythm Music、Eric Duncan、Monchanとかだね。あとTraffic Entertainmentは、僕らのお得意先だよ。彼らはMF Doomなどのヒップホップや、ナイジェリアン・ディスコなどの過去の作品を多数再発し、提供してる大手のディストリビューター。後はブルックリンだとDaptone Records、Captured Tracksとかかな。勿論、日本からの発注も大歓迎だよ!

―― Brooklyn Vinyl Worksは現在、忙しい状況ですか?
以前の方が忙しかったかな。過去にはレコードを作るのに9ヶ月〜1年近く待たす事もあったけど、今では60〜70日くらいで出来るようになった。ソニーなどの大手の会社が、バックカタログをリリースして、The BeatlesやThe Rolling Stonesは大きな需要があった。でも近年では6ヶ月に1回くらいのペースで再発を続けている。なぜなら、それらのレコードは既に市場に出回っていて需要は供給を満たしているからね。だから劇的に需要が高いわけでは無い。ゆっくりとレコードが盛り上がっている今、市場に出でいるレコードの量と需要は等しい関係にあると思うよ。

――現在、カッティング後のプレス作業を中心にやっているんですね。
そうだね。実際のところ、ドイツ製NeumannのVMS 80という最強のカッティングマシーンを日本の会社に売ったばっかりなんだ。

――プレスの料金を教えてください。
ただプレスするだけなら、通常の黒の140gレコードは、1枚1.40ドル。ただ他にも追加でラベルやジャケットの作成の費用がかかるよ。

――レコードが出来る過程について見せてください。
じゃあ僕らが長年、勉強してきてるこの工場内を案内するよ。
これは、原材料の塩化ビニール。



まずレコードを作るには、多くのプロセスを通らなければいけない。最初に音源をラッカー盤に刻むカッティング作業、それからメタルマザー、スタンパーという型を製作する。アメリカには100箇所くらい音源をカッティングし、スタンパーを作れるとこがあり、ニューヨーク近辺だと25箇所くらい存在するよ。


それからスタンパーでレコード盤をテストプレスする。その後に300、500、何千枚単位のレコードのプレス作業を行うんだ。殆どの工場は、100枚などの少量の発注はしない。でもBrooklyn Vinyl Worksは、150ドルのセットアップ料金をもらってやっているんだ。プレス機をセットアップするのにかかる手間や、プレスする際に機械を使用する時間に対しての料金。理解するのは難しいかもしれないけど、一枚のレコードを作るにあたり全ての過程を一通りやらなければならないからね。



これがプレス機。古い機械なので、壊れた際に部品が必要になっても、すぐに購入することが出来ない。こういった部品を取り扱うところがもう殆どないんだ。昔ながらの技術だからね。本当に問題が多く、維持するのが大変なんだ。



このメーターは、プレス・プロセスの各部分のタイムテーブルを示しているんだ。予熱、蒸気、冷却、すべて同期している必要がある。プレスする際には、温度、蒸気、冷却、トリムの時間などが正確であることが非常に重要。


ラベルと練り合わせた塩化ビニールをセットアップし、レコード盤型と両面スタンパーに100度以上の高熱でプレスしレコード盤は出来上がる。


彼女たちは、ここでレコードの検品をしている。盤に傷がないか、ラベルが中心にあるかなどの検査をし、スリーヴをジャケットに入れている過程だ。

パッキングする際に使うシュリンクラップマシーン。一時的にこれを使っているけど、来週に新しい機械が導入される予定なんだ。そして顧客によっては、特別なスリーヴを好む人や、シュリンクラップの有無、ステッカー、盤に番号挿入など、それぞれ注文が異なる。例えばサンフランシスコの僕のダンスミュージック系の顧客は、プレスするレコード全ての盤に番号挿入している。もし君が36番のレコードを持っていたとしたら、彼の300枚プレスした内の36枚目の1枚だって分かるようにね。


これは塩化ビニールが再生化されるパートだよ。欠陥のあるビニールか、プレスされたビニールの切れ端か2つのタイプに分かれる。そして再顆粒化した後、磁気フィルターを通過して金属を除去するんだ。


これは、カラーヴァイナルの原料とサンプルだよ。


――レコードは音が暖かいと言われていますが、やはりそれが魅力でしょうか?
そうだね。Youtubeで「ヴァイナルレコードとCDの比較」と検索すれば、興味深い動画があるよ。レコードはより広い周波数範囲があるのに比べ、CDは圧縮されていて周波数の幅が狭い。

――それはレコードは配信と違い、科学的に良質ということですね?
Youtube上ではメーターを使ってその周波を測る人々がいる様に、音波をとってこの目で見ることが出来る。音のデジタルファイルを作る際には、大きすぎる為、圧縮してメディアにフィットさせないといけない。世の中にはハイファイのデジタルファイルを好む人も存在し、僕はそのビジネスをやっている人も知っているよ。1曲25ドルくらいで、信じられないような高音質のデジタルファイルを提供している。でもそのファイルを再生するにはデコーダー(変換ソフト)や特別な機材がいるし、他にも様々な事が関わってくるんだ。CDは確かに完璧な複写製のメディアだよ。でも、レコードは周波数の幅の広さが音を暖かくしているんだ。


――では、33回転と45回転はどういった音の違いがあるのでしょうか?
問題は、どれだけあなたの耳が聴こえるかという事。僕はニューヨークの地下鉄の騒音の中で育ってきたから、聴覚はあまり良くない。でも、もし音がちゃんと聴こえる環境にいれば45回転は確実に音が良い。何故なら33回転はゆっくり回るでしょ。45回転はそれに比べて速い。どういうことかと言うと、より多くの情報量が盤に詰め込まれているんだ。だから、カッティングの際に溝を大きくカットする事が出来る。しかし、そのカッティングエンジニアの腕にもよるのも事実。凄く繊細で気を付けなければならない作業だから。幅が大きめの溝の方が、針がより収まりやすくなる。溝が大きくなりすぎると針が飛び出し、スキップする。つまり優れたカッティングエンジニアは、十分に広く大きく溝を切る方法と、針が最も音の情報を得るところが分かっている。もっと説明すると、LPを持っている場合、片面が25分でそれには数曲分の溝が切り刻まれている。そのアルバムの1曲を取って、5分間の曲を12インチで作ったと仮定しよう。同じ面積の盤に、曲数が少ない12インチの方が、LP盤よりグルーヴの幅が大きくなる。だから25分間のLP盤とは対照的に、ダイナミックな音を体感できるんだ。

――お勧めのレコードプレーヤーや、針はありますか?
$400,000 のスピーカーや音響機材を揃えれば、良質な環境で音楽を聴ける 。
でも現実的にそれだけのお金をステレオに費やせる?って話になるよね。だからTechinics 1200やaudio technicaなどのブランドのターンテーブルで十分。針に関してはいつもDJの友人に電話して、その時に金額的にもベストなものを教えてもらう。車と同じで常に変わるし、僕はとてもシンプルなんだ。友人のDavid Mancusoは、当時ハンドメイドのカートリッジを購入していたんだ。確かあれはアメリカ在住の日本人で、ハンドメイド・カートリッジを作っていた。彼はそれに$10,000を費やしていたし、完璧なターンテーブルとアンプで、ロフトの音響システムは本当に素晴らしく最高だった。

――ちなみにBrooklyn Vinyl Worksでは、現在Anderson Paakの「Oxnard」LP盤の追加受注が続いているとのこと。


Will Socolov / Brooklyn Vinyl Works

Will Socolov / Brooklyn Vinyl Works
アナログ・レコードプレス工場Brooklyn Vinyl Worksの経営者。Sleeping Bag / Fresh Records 時代にはNice&SmoothやEPMDなどのラップグループの作品を世に送り出し、90年半ばにはDJ Todd TellyとFreeze Recordsを 共同創立し、Jay-Zのデビューアルバム『Reasonable Doubt』と契約。現在ではプレス工場を経営し、ニューヨーク近郊のインディーレーベル、ディストリビューターなどを中心にレコード・シーンを支える真の技術者である。

Interviewed by Yayoi Kawahito
Photo by Nobuteru Hirata

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