NYのレコードシーンに欠かせない日本人、Monchanに独占インタビュー。90年代から現在に至るまでのニューヨーク物語を語ってもらった。

WRITER
Yayoi Kawahito

今から20年前に、ニューヨークに移住し音楽を探求し続ける男がいる。その名はDJ Monchan。ニューヨークのマンハッタンイーストヴィレッジに1996年から経営する老舗レコードストアA1 Recordの店員として知る人ぞ知る存在だ。A1 Recordとは、1996年に有名レコード・ディーラーのIsaac Kosmanが創立し、ジャズからディスコ、ヒップホップからハウスなど幅広いジャンルを取り扱い、目まぐるしく変わりゆくニューヨークの街並みの中に20年以上レコードを売り続ける、老舗店。ニューヨーク音楽シーンのアーティスト達の感性を磨くための本拠地となり、初期のDJ Premier、Pete Rock、Mobb DeepのHavocなど数々のヒップホップDJ達がリフ、サンプリングのレコードを掘るなど現代のヒップホップの基礎ともなった。そして、これまでに働いてきたスタッフとして、Eric Duncan、Thomas Bullock、Daniel Wang、David Mancuso、Toshio “bean” KagiwaraさらにはL.I.E.S.のRon Morelliがカウンターの後ろで働き、ハウスやディスコDJ、コレクター達の通い場所となる。

――90年代にニューヨークに来たって言ってましたよね。その当時のニューヨークってどんな感じだったんですか?
そうだね。94とか95年あたりにニューヨークに来て、その当時のクラブはどこも大箱ばっかで週末満員長蛇の列で、凄く盛り上がってた。本当に何百人規模の大箱しかなかったから、友達とはぐれたらここっていう集合場所を決めていたくらい。ちょうど来た当初がジュリアーニが市長になってニューヨークの治安改善をし始める前後で、昔のニューヨークらしさをギリギリ体験できたんじゃないかな。ドラム缶で焚き火したり、この辺りのストリートにドラッグディーラーは10人くらいいる感じ(笑)。後は、ヒップホップが盛り上がる前のニューヨークは、ロックンローラー達が街にはいっぱい いて、先輩とかも長髪で麻雀しているロックンローラーだったよ。

――ちなみにどこのクラブを徘徊してましたか?
トンネル。ハウスのイベントに良く行ってた。50セントが若い頃とかやってて、ヒップホップはガンショットとかあって恐かったから行かなかったけど。ライムライトはテクノのイベントとか行ってたな。トワロイロやパラディウムも。そういや先輩に連れられてサウンドファクトリーに行く予定だった夜に、先週お店が閉店になったって言われ行けなくて。確か朝の2時頃だったかな、マンハッタンのイーストヴィレッジに連れて行かれ、こんな時間から何処に連れて行かれるんだろうって(笑)。その時に初めてDavid Mancusoの主催するThe Loftに連れて行かれてあのパーティーの感じは衝撃的だった。その当時のロフトはAvenue Aでやっててちょうど今チャイニーズレストランになっているところの普通のアパートの3階でやってた。しかも、当時のニューヨークの街の感じは今とは全く違ったよ。僕は当時マンハッタン・イーストヴィレッジエリアのSt Marksに住んでたんだけど、マンハッタンとブルックリンは全く別世界。まずオーバーサイズのダブダブのB-Boyファッションの黒人達はマンハッタンでは見かけなかったし。ブルックリンは違ったね。

――ブルックリンに遊びに行ったりとかはしなかったんですか?
ブルックリンのFunky Slice Studioには通ってた。後は、スタジオのオーナーにブルックリンの奥地の方で野外のソカのイベントに一回連れて行ってくれて、その時の印象は凄かったな。ソカってなんか皆ダンスの振りが決まっていて、何千人もの黒人達がブワーッて盛り上がっててびっくりした。めちゃくちゃ盛り上がってたね。

――来た当時もレコード屋には通っていたんですか?
そうだね。当時は、イーストヴィレッジだけでレコード屋が20件くらいはあったからね。グルグル回れるくらいSt Marks だけでもかなりお店があった。その当時からからずっと残ってるのは、A1 Recordだけじゃないかな? アカデミーも移転したけど、ここは当時から引っ越さないでイーストヴィレッジに残ってるね。街の雰囲気も随分変わったし、今みたいにヴィレッジは、ジャパニーズタウンみたいじゃなかったし、日本人も全然いなかった。A1にはオープンした当初から通ってたよ。

――A1 Recordで勤めたきっかけなどのストーリーを聞かせてください。
元々Daily Sessionのラジオミックスショーをやっていて、その時に色んなレコード屋に毎週行ってレコーディングしていた。その一つがA1 Recordだった。他にもGood RecordとかFat BeatsとかDance Tracksとかも回ってMixを録ってた。毎週A1には来てたし、皆んな知ってたしL.I.E.S.のRonがダンスミュージックのセクション担当だったけど成功してパリに行くってなってじゃあ皆んな顔見知りだし、やれば? みたいな感じで電話が来て働き始めた。それが2011年とかだね。

――A1によく来る有名なDJ達って誰でしょう?
数日前にLarge Professorが来たよ。彼は良く来るね。Danny Krivitは一番来るんじゃないかな、3日に1回くらい。DJ Harveyとかも来るし、Out PutでやってるDJ達も 立ち寄ってくれるね。Nicky Sianoとかも、近所に住んでるから来るんだろうね。



――見た感じやはりHip Hop、Dance系が多いですよね?
そうだね。セクションによって担当が分かれているから、僕は他の人のレコード在庫は基本的に触らないけどね

――ジャンルのセクションによって担当が違うって話ですが、担当している在庫に関して何を意識していますか?
格好良く見せること。A1のライン的にニューヨークのスタイルは押していこうとは思ってる。勿論、若い子達はテクノとか好きだし、そういうのも売っていくようにお店の事も考えるけど、基本的に僕のセクションは90’s のハウスがメインだね。僕の担当ではないけど、多分ヒップホップも90’sに強い感じだと思う。値段をつける際には、最近は皆Discogsとかでもう価値を知ってるし、だからこそA1のカラーや自分のセンスを含めるようにしてる。オンラインで高くても自分がダサいなと思ったら安くつけるし、その逆もある。お店によって値段の付け方って違うけど、やっぱり古い店はDiscogsとかの前からやってるし、お店の色の感覚で値段つけてるんじゃないかな。ロックメインの店だとダンスミュージックは気にしないから安いとか、そういうのが昔はあってもっと面白かった。

次ページ : NYのレコードシーンに欠かせない日本人、Monchanに独占インタビュー。(後編) 

DJ Monchan

DJ Monchan
ニューヨーク・イーストヴィレッジエリアにある、歴史的レコードストアA1 Recordのスタッフ。DJとしてもニューヨークのアンダーグランドシーンに欠かせない1人。Daily Session というウェブミックスラジオの発信から、2011年にはDaily Session Recordsを創立し、数々の作品のリリースを手掛けている。
https://www.discogs.com/label/687633-Dailysession-Records
http://dailysession.com

Interview by Yayoi Kawahito
Photo by AS ALWAYS

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