吉岡正晴のヴァイナル・サーチン第二回 ~不死鳥のごとく蘇る山下達郎「ライド・オン・タイム」

WRITER
吉岡正晴

2019年6月19日にアップされた本コラム第一回が幸いそこそこ好評のようで、第二回も達郎さんのアルバムをピックアップしてほしいとの編集のリクエストに応じて、ウォント・リスト2位(1位が前回の『スペイシー』)の『ライド・オン・タイム』のお話を。

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1980年。

山下達郎さんのシングル「ライド・オン・タイム」は、1980年5月1日に発売された。来年(2020年)は40周年ということになる。これは現在まで達郎さんのビジネス上のパートナーとなっている当時の担当ディレクターであった小杉さんがマクセルのCMソングを取ってきて、CM曲として録音された曲だった。しかし、本人はまさか自分がCMの映像に顔がでるとは思っていなかったが、紆余曲折あり、顔出しCM、そしてその楽曲提供となった。

そして、このシングルは、テレビCMの放映とともに大ヒット。オリコンで3位を記録。彼にとってそれまでで最大のヒットとなった。オリコン・トップ10入りはもちろん初めてのこと。さらに、このシングルをメインにしたアルバム『ライド・オン・タイム』は、1980年9月21日に発売された。あらゆる意味で、達郎さんにとっての大きなターニング・ポイントとなった作品だ。

アルバムとしては、4作目の『ゴー・アヘッド GO AHEAD』(1978年12月20日発売)、5作目『ムーングロウ MOONGLOW 』(1979年10月21日発売)に続くLPアルバムとなった。

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DJ。

少し私事になるが、当時僕は東京・西麻布の「トミーズ・ハウス」という今では伝説となった小さな店で週末だけDJをしていた。1979年夏、街ではハーブ・アルパートの「ライズ」が大ヒットしていた頃、その店からいい音が漏れてくるのを聞いた友人が、「なんかおもしろそうな店がある」と半地下のその店に入ったのがきっかけだった。ウーハーを備えた15坪ほどの店は最新の洋楽曲が中心に流れていた。それまで僕はほとんど洋楽といっても、ソウル、R&B、ダンス・ミュージックに特化して聴いていたので、ロックや邦楽はほとんど聴いていなかった。

ところがこの「トミーズ・ハウス」のオウナー兼DJであるトミー(苗字が富久なので、みんなからトミーと呼ばれ、ここはトミーズ・ハウスだった)は、洋楽だけでなく、その合間に洋楽の影響を強く受けた日本産の音楽をかけていた。たとえば、YMOであり、細野さん一派だったり、大瀧詠一さん周辺のもので、中でも一番強烈だったのが山下達郎関連のレコードだった。なにしろトミーズ・ハウスは午前3時に閉店するのだが、その閉店曲、ラスト曲が山下達郎の「ラスト・ステップ」だった。あのイントロが流れてくると、「ああ、もう3時だ。終わりだ」と、いまだにパブロフの犬の如くトミーズ・ハウスの午前3時の情景が思い浮かぶほどだ。

もちろん、「ラスト・ステップ」以外にもたくさんの達郎作品がかかっていて、僕は達郎さん楽曲の多くをこのトミーズ・ハウスで知った。

1980年5月発売のシングル盤「ライド・オン・タイム」は、発売日からそのシングル盤でヘヴィー・ローテーションとなった。

そして同年9月19日にアルバム『ライド・オン・タイム』が発売されると、たしか発売日かなにかにトミーは青山のパイドパイパー・ハウス(レコード店、主に輸入盤を扱っていたが、洋楽色の強い邦楽アーティスト作品も積極的に取り扱っていた)で買ってきて、すかさずかけ始めていた。

すると、あれだけ7インチ(17センチ)シングル盤を耳タコになるほどかけていたので、このアルバムのA面4曲目に収録されていた「ライド・オン・タイム」がシングル盤と別ヴァージョンであることにはすぐ気づいた。

僕はスロー明けによくこの「いつか(SOMEDAY)」をかけた。店の(トミーの)アルバムと僕持参のアルバムを2枚使って、「いつか」を少しずつ遅らせてかけるということもやっていた。「サムデイ~」というところが繰り返し流れることになる。こんな2枚使いをしていたのはこのトミーズ・ハウスだけだっただろうと思う。

そしてその年のツアーで僕は初めて中野サンプラザにライヴを見に行くことになる。

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意味。

しかし、当時はこのアルバムが持つ意味や、レコーディングのエピソードなどについてはまったく知らなかった。後から知ったことをいくつかまとめてみるとこうだ。

この頃から、ドラマー、故・青山純、ベース伊藤広規の黄金のコンビが達郎ファミリーに参加。彼ら2人にすでにバンド・メンバーであったキーボード難波弘之と椎名和夫を含めたレコーディング&ツアー・メンバーが固まっていくようになった。

当初、CM曲はよく作っていたが、まさか自分が顔出しするとは思わず、相当抵抗したが周囲に押し切られたらしい。その後達郎さんはテレビ露出の影響のすごさに辟易とし、以後「絶対にやらないこと3か条」の筆頭に「テレビには出ない」ことをあげるようになった。

マクセルのカセットテープのCMだが、世間的には朝日をバックに撮影されたとして知られているが、これは実は角度の関係などで夕日をバックに撮影されているという。撮影はサイパン。

当初CMの仕事としては、先に曲名あるいはコンセプトがあり、それが「ライド・オン・タイム Ride On Time」だったが、英語的には、「ライト・オン・タイム Right On Time」で行きたいと主張したが、やはりこれも押し切られたそうだ。

また当時のCM仕事ではまったく別の曲調、歌詞の2パターンを作り、クライアント(スポンサー)に提供して選んでもらうというスタイルが一般的だったので、同じ「ライド・オン・タイム」の別物があり、その別物はのちに「ワン・モア・タイム One More Time」と題され、近藤真彦のシングル「永遠に秘密さ」(1984年9月13日発売)のB面として録音、収録された。

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不死鳥。

そして、この1980年作品「ライド・オン・タイム」はさらなる数奇な運命を辿る。

それからおよそ23年後、2003年2月、山下達郎のRCA/AIR時代の作品群がリマスタリングされ発売され、その流れもあり、2003年1月からの木村拓哉主演のTBS系テレビドラマ日曜劇場枠の『グッド・ラック(Good Luck)』に「ライド・オン・タイム」がエンディング・テーマとして起用されたのだ。

こうしてリアル・タイムのヒットを知らない世代にまったく新しいものとして一挙に浸透したのだ。これはさすがに本人も予想しなかったことだった。

この曲にはさまざまなカヴァーが誕生し、2003年2月23日放送の『サンデイ・ソングブック』では、「ライド・オン・タイムづくし」と題して、その時点までにあった同曲のカヴァーばかりを集めたほどだった。

さらに、2018年10月、フジテレビ系のドキュメンタリー番組『Ride On Time~時が奏でるリアルストーリー』のテーマ曲になり、これを機にヴォーカルだけを再度レコーディングし直したヴァージョン「2018 New Vocal Version」が誕生した。(番組は2019年3月末終了)

この曲が世に出てから39年を経て、不死鳥の如く蘇って、なお新しいファンを獲得する「ライド・オン・タイム」。まさに名曲は不滅だ。

吉岡正晴
音楽ジャーナリスト/DJ。ソウル、ブラック、ダンス・ミュージックを得意とする。ソウル・ミュージックの情報サイト、『ソウル・サーチン』ウェブ https://ameblo.jp/soulsearchin/と同名イヴェントを運営。1975年以来、レコード、CDなどに添付されるライナーノーツは1,300枚以上執筆。その他、雑誌、新聞、テレビ、ラジオなどの番組出演も。著作に『ソウル・サーチン』、翻訳書に『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』、『マーヴィン・ゲイ物語~引き裂かれたソウル』、『レイ・チャールズ物語』、『モータウンわが愛と夢』など。毎月第一木曜ミュージックバード制作全国のコミュニティーFM、インターネットなどで放送中の『ザ・ナイト』内「ナイト・サーチン」生放送中。毎月第3水曜日、新宿カブキラウンジで毎回おもしろい音楽業界のゲストを招いてソウル・バーでの雑談のようなものを聞かせるトーク&DJ「ソウル・サーチン・ラウンジ」主催中。詳細は、https://ameblo.jp/soulsearchin/
また日々の最新情報発信は、ツイッター、https://twitter.com/soulsearcher216

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