若杉 実の名盤アンチ所〜第2回 プラスチック問題とシティポップ

WRITER
若杉 実

「袋はいりません」

レジ越しの店員さんに胸を張りこう伝えた瞬間、わたしの全身に“オトナ”という文字が刻まれるのを感じとった。ずいぶんちっぽけな、それも遅まきのオトナである。しかし連日報じられるプラスチックごみ問題を突きつけられるたびに、身体のどこかに眠っていた正義感がにょきっと頭をもたげるのだからしょうがない。

そんな小賢しさもリトルオトナの証拠じゃないかと、いまそこの諸兄はパソコンの画面に向かって哄笑していることだろう。まぁそれはいい。だがプラスチック問題が焦眉の急であるのは事実。レコード屋の顔ともいうべき商品袋だって、いずれなくなる日が来るだろう。いや、なくならなければならない。なにしろわが国はアメリカにつぐ世界第二のプラ排出国。音楽への愛があるならそのいくばくかでもいい、プラごみ汚染に苦しむ海洋生物にも意を注いでやってほしい。たとえラッセンの絵を壁にかける勇気がなくても、それくらいならできる。

わが国のリサイクル用プラスチックは、これまでほとんどを中国に輸出していた。ところが一昨年、その中国が受け入れ中止を表明。これにより日本をはじめとする世界のプラ排出国は、残された受け入れ国マレーシアに集中的に送りつける。ところがその一部に家庭ゴミやら電子廃棄物やらが混在していたことが発覚。こんな体たらくに、まだ歯を食いしばっておけというほうがむちゃだろう。マレーシア政府はこれら不法ゴミに対し、強制返還を決めた。

いっぽうで、そんな彼らアジア諸国の人間にも、喉から手が出るほど欲する“プラ”があったとは。フィリピン、タイ、あるいは条例改正案で大荒れの香港においてまでJポップへの関心が寄せられるなか、そのルーツとされる80年代産ポップスの金字塔として日本と同等、あるいはそれ以上に再評価されている「プラスティック・ラヴ」。1984年、竹内まりやがうたったこの曲のレコードがリサイクルされつづけるのは、マリヤ観音のご加護によるものだろう。

竹内まりや「プラスティック・ラヴ」

2012年、tofubeatsがカヴァーを配信したことから同世代の若人を中心にリバイバル、昨今そのうねりが最高潮位を記録している。「プラスティック・ラヴ」は過去にも再評価される機会があったが、きょうびSNSや動画により海外からの需要がそこに盛られ、とりわけリミックスを収録したレコードの価値が軒並み上昇、もうひとつの“プラ問題”が浮上している。

DONUTS MAGAZINEの読者なら説明不要だろうが、「プラスティック・ラヴ」のリミックスは12シングル、全3枚(ほかAB'S「C.I.A.」、八神純子「Communication」)シリーズのひとつとして市場にならんだ。共通ジャケットとしてクラフト紙が使われ、そこには各々連動性のある絵がフリーハンドでデザインされている。作者である花田堅一はこの時期、発売元であるムーン・レコードの仕事に多くの時間を割いていた。AB'S「C.I.A.」の原作『AB'S-3』のほか、山下達郎が『Big Wave』のリリースツアーの会場にて販売したレコードブック『Performance '84-'85』(CM全集のシングル所収)も手がけている。

山下達郎『Performance '84-'85』

わたしはこの物件にまつわるいくつかのトリビアを寝かせている。花田は同時期“ザズー”というニューウェイヴ系バンドに参加していたが、1981年に限定200枚刷られた唯一のアルバム『Zazou』(1981年)の再発を監修した際(2006年)、ご本人から貴重な話をうかがったからである。バンドで花田はセカンドギターを担当。ドラムを叩いていたのが現ヴィジュアルアーティストのミック・イタヤで、共に多摩美術大学の同サークル出身。在学中にザズーの前身“プラネッツ”を組み、卒業すると自分たちのデザインスタジオTABOUを渋谷センター街の最奥に構えながら、バンドもザズーと名を変え並走させていた。

ZAZOU『Zazou』

ミックは先般開催された個展『風変わりな古代人』にて、ザズー時代に単身録音していたデモをカセット(『Red Palette』)にまとめて販売している。デモであるため、作品としてはそれ以上でもそれ以下でもない。だが、未完ゆえのダイナミズムは乱調の美の結晶そのもの。国内カセットマガジンの至宝『TRA』(ザズーの音源も所収)の創設員に名を連ねることでも知られるミックだが、その“TRA”の由来が“ART”のアナグラムであることからも推し量れるように、アートという範疇におさまってしまうようでは真のアートは語れず、ということではないか。

ミック・イタヤ『Red Palette』

事実、オリジナル録音から30余年、ザズーを再発したときからでもすでに10年経過しているというのに、あらためて聴いてみても(再発時、本人から同音源を入手していた)まったく色あせないどころか、その時勢をも翻弄する狂気と毒がこのうえなく悩ましい。鉄とプラの硬度の差異がそのまま表れたような音、いわゆるインダストリアル〜コールドファンクは“プラ愛好家”にはいささか重いかもしれない。ただし竹内同様、昨今ようやく海外で“発見”されたシンパシー・ナーヴァスの同名異曲「Plastic Love」(竹内以前にカセットにて発売されていた1980年作)が好きなような諸兄にはうってつけのはず。これもザズーの再発と同時期に手がけたコンピ『No Shibuya:Electro、Dub&Breaks[No Wave From The Japanese Underground 1980-1985]』(2008年)に選曲してあるので、聴く機会があればぜひ。

No Shibuya『Electro, Dub & Breaks』

“No Shibuya”(苦笑)ーーまなじりを裂き案じたネーミングも、いまでは10年まえの若さの証、鼻で笑ってやってほしい。もっともこれについて、いまならこう解釈できる。昨今現象化している幻想のシティ(の)ポップに対するわたしなりの返報である、と。

大隠は市に隠る、をどう読み解くか。本質はそこにある。

若杉 実
文筆業。CD、DVD企画も手がけ200タイトル以上送り出す。RADIO-i(愛知国際放送)、Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。主著『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』『裏ブルーノート』『裏口音学』、新著『ダンスの時代』発売中。

世界中のレコードを、その手の中に
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