若杉 実の名盤アンチ所〜第1回 ELLEN McILWAINE、YUKIHIRO FUKUTOMI 「Born Under A Bad Sign」

WRITER
若杉 実

【音源】
https://cn.juno.co.uk/products/ellen-mcilwaine-born-under-a-bad-sign/260093-01/

「ほぉ、キミは彼女の名前を知っているのか」

矢羽の柄が胸元を飾るチマヨのベストを双肩からさげた米人男性が、わたしの顔に向かって南部なまりのことばを投げた。場所は骨董通りに面した多目的ホール。ファッション見本市が開催されるなか、借りてきた猫のようにわたしはそこでDJをしていた。

会話の契機となったくらいなのだから再生した曲もそうだったのだろうが、20年もまえのことなので記憶にない。しかしその男性は、エレン・マキルウェインの友人らしく、わたしの選曲に注意を払っていた。

世界中からアパレル関係が集う見本市はわたしにとって似気ないもいいところだったが、せめて選曲だけはそれっぽくと、抜かりなく準備。ランウェイをイメージし新調のダンス系で固め、箸休めていどに旧譜も二割ほどはさむ。それに反応してくれた男性は、80年代の原宿明治通りで一世を風靡したチマヨの手織りブランケットを、何本と用意したハンガーに吊り下げ、陽気に飛び込んでくる日本人バイヤーの顔色をうかがいながら商談の機会を探っていた。

「なつかしいけど、いまはきびしいだろうな……」。はたして彼のブースに足をとめるひとはほとんどいない。時間をもてあましDJブースのところで油を売るはめになったというわけだ。

これといって収穫もないチマヨ男とは対照的に、わたしは思いもよらぬ時間を手にすることとなった。ナシュビル出身のエレンの公式バイオにニューメキシコ(チマヨの産地)の文字はなかったはずだが、その事実を飛び越えエレン本人との距離を縮めたような浪漫をそこから読む。

世の認識がどのようなものかわかりかねるが、彼女のデビューアルバム『Honky Tonk Angel』(1972年)に収録されていた「Wings Of A Horse」はレアグルーヴ史におけるターニングポイント、それもかなりの重度を誇るものだというのがわたしの認識である。レアグルーヴの名曲というくらいでは、いまさら取り上げるわけにもいかない。

ロンドンからのハプニングは90年代中葉以降、散漫な傾向をつよめる。そして、おりからアシッドジャズの波もしだいに衰えはじめる。つまりアシッドジャズと不離一体だったレアグルーヴがその煽りを受けるのは必然だった。代わって台頭するのがトリップホップやジャングル。これにより“古典を掘る”行為がクールではなくなる。

だがその直前、ロンドンから届けられた最新のDJチャートに「Wings Of A Horse」の文字が躍る。「ひょっとして、ひょっとするかも」ーーそう悟ったひとが日本にどれだけいたのかわからないが、まちがいなくそのひとりとしてわたしはこの曲を味到することになる。

【音源2】

具体的に、まず目を見張らされたのがドラムレスであること。その代替にコンガ(キャンディド)が前景化されることで繊細な抑揚が導かれ、エレンの十八番、ヨーデル然とした声の反転が巧みに引き出される。“千の指をもつ男”(キャンディド異称)の手腕がこれほど試される機会もそうあるものではない。

つまり「Wings Of A Horse」最大の値打ちとは、アシッドフォークを軸足に置くエレンが無自覚にもアフロキューバンに接近し、そこにアルセニオ・ロドリゲスばりのトレース奏者の幻影を浮かび上がらせた点にある。グルーヴの屋台骨を担うベースは、ジャズベース奏者のドン・ペイン。そう、役者はそろっていた。

我がテーマとばかりにこの「Wings Of A Horse」を積極的にまわしていたDJ、パトリック・フォージのことがおもいだされる。彼が“掘った”という裏づけはどこにもない 。しかし当時のプレイリストからは、楽曲の本質をあぶり出すようにあつかっていた事実が照らし出され、先駆者との等価を認めざるをえない。アントニオ・カルロス&ジョカフィ「Por Nossa Senhora」、ミルトン・ナシメント「Para Lennon e McCartney」、シュギー・オーティス「Inspiration/Information」。以上の選曲に共通するファンキーなフォークはーー定着こそしなかったがーー“フォンキー(FOLK+FUNKY)”と呼ばれ、あらたな時代思潮をつくらんとしていた。

ファンキーとはリキまないこと。転じて宮本武蔵の漆膠の身。ファンキージャズとファンクジャズのちがいである。しかしこれが、わたしたち日本人の理解を超えたところにあり、手にあまる。ロンドンから数年の時間差でエレンの人気がやってきたとき、宇田川町界隈のクラブのスピーカーコーンを高い確率で振動させていたのが「Wings Of A Horse」ではなく他曲、おもに「To Hold」(同アルバム所収)であったという皮肉な結果を招く。

アフロキューバンする、ジャズる、スウィングするというのがエレンに向けられた 新解釈(レアグルーヴ)の条件であったのだから、アシッドフォーク(「To Hold」)に引きもどすという手段は既存のエレン・マキルウェインを焼き直すこととおなじ。チマヨになぞらえれば、ナバホ族のコスプレであるということ。けだし、渋カジとはそのようなものでもあったが。

2000年代に入ると「To Hold」の流れをくむダンスミュージックとして、エレン本人を参加させるなどした作品(「Born Under A Bad Sign」)が日本で発表される。時間が流れ、わたしの知らない世界で、そこには何ものにも代えがたいコンセンサスがあり生じた成果だと信じることにしたい。

同時期、本人が来日し、ライヴも音盤化された(「Born Under A Bad Sign」にも一曲所収)。そこで関係者たちの第一声はこうだっただろうか、「お帰りなさい」。エレンはこどものころ、牧師をしていた父の赴任で神戸と北海道に住んでいた。

日本がもうひとつの故郷であったことは、いろんな意味で感懐をもたらす。

若杉 実
文筆業。CD、DVD企画も手がけ200タイトル以上送り出す。RADIO-i(愛知国際放送)、Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。主著『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』『裏ブルーノート』『裏口音学』、新刊『ダンスの時代』(7月発売予定)

世界中のレコードを、その手の中に
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