RCサクセション『ラプソディー』 

WRITER
Tsutomu Noda


中古盤好きならたいてい経験していることだと思うけれど、いちど買ったアルバムをあるとき売って、そしてまたあるとき買い直すという行為は、自分が思春期のときに激しく感銘を受けた音楽にこそ多いのではないだろうか。10代のときの強い思い込みは、自意識過剰な20代になるときには自分では気恥ずかしいほど青臭く感じるもので、とくにぼくのように不器用な人間は、過去の自分を捨てなければ前に進めないのではないかというオブセッションもあり、売ったりさもなければ誰かにあげたりして、そしてときを経てまた買い直すということは少なくないのである。

 とはいえ、RCサクセションは自分の意志で売ったわけではなかった。大学進学のために上京したさい、ぼくが東京で最初に借りた6畳一間のアパートでは、とてもじゃないけれどレコードやオーディオが置けるスペースなんてなかったので、すべてのレコードは実家に置いていった。ところが、その年の夏休みに帰省すると、弟によって何枚かのレコードが売られていたと。そのなかには、RCサセクションの『ラプソディー』が含まれていた。さすがにこのときばかりは激怒することを避けられなかったけれど、まあ、高校時代には聴かなかったようないろんな音楽が好きになっていくときだったし、もうRCはいいかという思いがまったくなかったわけでもなかった。

 これはいまでもそうだが、同じ音楽をずっと毎年同じように聴き続けることがぼくにはできない。どうしてもその折々における自分のなかの流行があり、昨日まで夢中だった音楽への興味がいっきに冷めていくことの繰り返してここまで来たといえる。そういう浮気性な音楽リスナーを自負するぼくだが、RCサクセションに関してはかなり忠誠心をもって接してきていると思う。最後に『Baby A Go Go』のCDを六本木WAVEで買うまで、ベスト盤をのぞくと、メンバーのソロ作品もふくめほぼすべて新譜で購入し、聴いている。しかしたとえば『Beat Pops』のように、自分があまり好きにはなれなかったアルバムもなかにはあり、好きではないとどこかで売ってしまうし、また、誰かに貸したまま返ってこないということも引っ越しなど移動が多い20代〜30代にはよくあることで、そうやって失ったレコードもある。

 しかしながら空いたマスをまた埋めるように、結局のところほとんどすべての作品がいま手元にはある。なぜか2枚同じレコードがあったりもする。これはどういうことかというと、『シングル・マン』のように好きなアルバムがたまたま入った中古盤店で安く売っているのを見つけると、誰かにあげようと思って買ってしまうクセが昔はあった。いまは悲しいかな、そういう交友関係も減ってきているので滅多にやらない。

 いちばん最初は、タモリのオールナイトニッポンで放送した屋根裏での実況ライヴだった。「昔からイモリとヤモリとタモリの大ファンでした」というチャボのMCからはじまるヤツだ。友だちが録音して、そのコピーをくれた。面白い人たちだなぁと思った。「バカな頭で考えた、これはいいアイデアだ」というフレーズがとくに気に入った。それから生のライヴを観て、さらにまた、なんて面白い人たちだろうと思った。おもしれぇ、と感じることは音楽においてもっとも、つまり最高に重要なことだが、それは振り切れている面白さだった。演奏が上手い下手ではない、最新でもなければ凝っているわけでもなかったけれど、とにかく彼らは振り切れていたし、面白かった。で、レコードにその圧倒的な存在が記録されているかどうかは、その当時よく友だちとも議論になったことだが、何十年経って聴いてもぼくは断言できる。記録されていると。ほら、なぜなら、いまでもRCサクセションを聴いていると燃えてくるんだから。 

RCサクセションは以下よりチェック
http://www.soundfinder.jp/search?keyword=RC%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

野田努
1963年静岡市生まれ。著書に『ブラック・マシン・ミュージック』、『ジャンク・ファンク・パンク』、『ロッカーズノークラッカーズ』、『もしもパンクがなかったら』。石野卓球との共著に『テクノボン』、三田格との共著に『TECHNO definitive 1973-2013』などがある。現在はP-VINE/ele-king booksにて単行本を編集。

世界中のレコードを、その手の中に
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