ジャズ・ロックの金字塔、ソフト・マシーン 『Third』 

WRITER
Tsutomu Noda

ひとはよく「これはアナログ盤で聴きたい」という言葉を使う。それはおうおうにして、アナログ盤の温かい(と思われている)音質で聴きたいとか、個人的に大切な作品だから記念品としても価値があるアナログ盤を所有しておきたいとか、デジタルマスタリングされた近年の作品でさえもアナログ盤で聴いたほうが音が良いと信じている愛好者の信念とか、そんな言葉が多い印象を受けるが、なかには単純にジャケットは大きい方が良いとか、音楽に集中して聴くには、針を盤の溝におとして溝の終わりまでいったら針を上げる作業を要するアナログ盤のほうがより集中して聴けるとか、アナログ盤は傷がついて聴けなくなっても投げ飛ばして遊ぶことができるとか、レコード盤を使って壁掛け時計を作ることができるとか、じつにいろいろな理由をあてがってくるひともいる。

そういう数多ある「アナログ盤のほうが優れている」理由のひとつに、アナログ盤にはA面、B面という構造があり、それがアルバムを聴くにはアクセントになっているという意見がある。この主張は、ある時期のロックにおいては確実に当たっている。前回のコラムでネタにした『サージェント・ペパーズ〜』が、ポップ・ミュージックにコンセプト・アルバムという道筋を示した最初のアルバムとして知られているように、やはりA面の最初と最後、B面の最初と最後、という曲の配置は小説で言う章立てであり、曲順とはアルバムにおいて映画のプロットである。デジタル時代の今日では、アルバム全体を聴こうという音楽ファンよりも、曲単位で聴きたいファンの需要のほうが高く、よって耳障りの良い曲がアルバムの冒頭に来るのが定石になってしまっている。そうなると、1曲目からフリーキーなインプロヴィぜーショーンではじまるソフト・マシーンの『Third』のようなアルバムは、なかなか生まれないかもしれない。

ソフト・マシーンの『Third』、ジャズ・ロックの金字塔として知られる「これはアナログ盤で聴きたい」とぼくは思う。その理由はこうだ。これは本来2枚組で、それぞれの面に1曲ずつ計4曲が収録されている。ところが、CDでは1枚のなかに4曲すべてがおさまっているのだ。

このアルバムは4曲通して聴くよりも1曲ずつ聴きたい。そのぐらい1曲ずつの熱量があり、1曲を聴き終えてからの余韻にしばし浸っているほうが心地よい。いや、もちろん、とんがりまくった演奏を聴かせるA面の“フェイスリフト”とエルトン・ディーンというUKジャズがほこるサックス奏者の演奏がじつに印象的な人気のあるB面の“スライトリー・オール・ザ・タイム”を流れで聴ける快楽もたしかにあるが、なんかそれは、この作品が生まれた当初のコンセプトに反するような後ろめたさを感じなくもない。ロバート・ワイアットが歌う“6月の月”も、3曲目というよりも、2枚目の1曲目と記憶するほうが正しいのではないだろうか。

個人的にはD面の曲、“アウトー・ブラッディー・レイジャス”に思い入れがある。というのも、ミニマルなキーボードとベースを基調に展開するこの曲は、ぼく自身がこのアルバムを熱心に聴いた時期の自分の方向性と合っていたからである。こうした70年代初頭のカンタベリー系の音楽をリアルタイムで聴いていない世代が、いずれソフト・マシーンと出会うとしたら、個人個人さまざま理由があるだろうが、ぼくの場合は90年代初頭にクラブ・ミュージックにハマったことが『Third』へと向かわせる原動力となった。多くのひとが音楽に熱中し、多くのリスナーがあらゆる音楽を聴きまくっていた時代、音楽でどこまでトリップできるかなんてことを意識しながら音をディグっていたときに、『Third』はかなりのハイレベルにいるし、そうなると何度か聴いているうちに、幻覚的なA面はもちろんばっちりなのだが、いきなりD面から聴くようになった。

まあ、そんな個人的な事情はともかく、ジャズ、ロック、そして現代音楽が混ざったハイブリッドな音楽は、あらゆるスタイルの組み合わせが一般的となった今日の音楽の先駆的な例とも言えるだろう。

もうひとつ、このアルバムに関してよく言われることがある。それは素晴らしい内容に対して、録音(による音質)に問題があるんじゃないかという指摘だ。独特にくぐもった音は、クリアな音質が主流の現在の録音物からとすると、とまどいを覚えるかもしれないが、しかしぼくは初めて聴いたときにはそのくぐもった感じがミステリアスな響きにも思えて、手書きのジャケットを見つめながら、むしろ想像力が掻き立てられたものだった。テクノ・ファンにはお馴染みのエイフェックス・ツインの『アンビエント・ワークス』という名盤があるが、そのアルバムの1曲目もじつにくぐもった音質として知られる。もしその音質がリマスタリングによってクリアになったとしたら、なんかその時代の空気をなくしてしまうような気になるのは、ちょっとナイーヴすぎるだろうか。

ソフト・マシーン 『Third』 は以下よりチェック
http://www.soundfinder.jp/search?keyword=Soft+Machine+Third

野田努
1963年静岡市生まれ。著書に『ブラック・マシン・ミュージック』、『ジャンク・ファンク・パンク』、『ロッカーズノークラッカーズ』、『もしもパンクがなかったら』。石野卓球との共著に『テクノボン』、三田格との共著に『TECHNO definitive 1973-2013』などがある。現在はP-VINE/ele-king booksにて単行本を編集。

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