世界中のDJ達やレーベル・オーナー、アナログレコード関係者の間で最も注目されている会社が、カナダのトロントにある。
その会社の名前は「ヴァイラル・テクノロジーズ」。2015年に創業した彼らは、従業員28人の小規模な会社だが、カナダやアメリカだけでなく、アジアやアフリカ、南米など、世界から彼らの製品を求めてくる顧客対応に追われている。
彼らが作るのは、アナログレコード製造に必要不可欠な製品、レコードプレス機だ。
近年、世界的に需要が高まるレコード。いまや一時的なブーム以上のものに人気が高まり、音楽産業もアナログレコードのリリースを増産している。しかし、こうした人気の裏では、世界各地ではレコードプレス工場にオーダーが殺到してしまうという新たな課題が浮上していることはあまり語られていない。
Photo by Mmm...Bacon!
その昔、Toolex Alpha、Hamilton、Lened、SMT、RPMといった、油圧可動式レコードプレス機を製造するメーカーが世界中に存在した時代があった。だが、1980年代以降、CDが音楽リスニングの主要メディアとして台頭し、アナログレコード需要が激減していき、世界中にあったプレス機は廃棄され、放置されていった。
しかし2010年代のレコード人気復活と、新しい若者世代からの需要で、世界各地で細々と運営を続けてきたレコードプレス工場に大きな変化が起きた。そして、忘れ去られていたプレス機や、古くなったパーツのメンテナンスが突如必要になった。当然ながら、オリジナルのプレス機を作っていたメーカーはすでに倒産したり、別の会社に買収されているところもあり、プレス機やパーツを買うことが難しい。そのため、レコードを作りたい工場のオーナーたちによる宝探しのようなプレス機探し競争が始まる。
プレス機を探すのは、レアなアナログレコードを探すことと同じように難しい。情報と数が少ない上に、探すことは非常に困難だ。あるレコードプレス工場のオーナーがプレス機をネットで探し続ていた時、eBayで「工場ごと買いませんか?」というオファーを見つけたと思ったら、それがアフリカのジャングルで破棄された古い工場だったという信じがたいエピソードを語っている。
短時間、全自動のプレス機
ヴァイラルは、安全で短時間、かつ自動でレコードを製造できる最新鋭の「ウォームトーン・レコードプレス」を作り、世界中のプレス工場に出荷している。
7インチ、10インチ、12インチ、LPのフォーマット全てに1台で対応でき、140グラムのレコードを1分間で3枚、1時間で180枚と、古いプレス機よりも高速製造が可能だ。
早いのはプレス作業だけではない。ウォームトーンは塩ビをプレスするスタンパーの交換もわずか5分と短時間でできる。スタンパーは回数を重ねると、音質が変わるため交換が必要だ。製造には複数のスタンパーを用意するのと、交換作業が欠かせない。ウォームトーンを使うことで、こうした交換作業も短縮できるため、オーダーからの発送までの全体の製造工程に早く対応できるのだ。
ヴァイラルのマシンが実現したのは、時間の短縮だけでなく、レコードの品質を管理する技術もある。彼らが開発したのは、プレス機が製造している間も、マシンの稼働状況や作業時間から、冷却水の温度、予備のストックまでがデータで見ることができ、作業員がリアルタイムで製造工程を監視できるデジタルツールだ。
これによって、現場にいる技術者はもちろん、レコードプレス工場の上司や、オーダーしたレーベルやアーティストとも情報を共有できたり、マシンのトラブルをいち早く見つけて、作業を止めたり修理したりすることができる。
工場でのプレス作業がなくなることはない。だがヴァイラルは、プレス作業にデジタルツールを導入して、微調整や生産管理をコンピューターやiPhoneからでもできるように進化させた。こうした技術によって、少なくなってきたプレス工場の職人やエンジニアを確保できない時でも、設定を一定に保ち、オーダーを取りながら製造を続けることができる。
さらに便利なことに、ヴァイラルはウォームトーンのプレス作業で不具合が出ると、その問題と改善点を全世界のウォームトーンを使用する工場のオーナーやエンジニアとも共有できるという。例えば、カナダの工場で発生した問題は、他の工場でも発生するかもしれない。そうなる前に、ヴァイラルからサポートが得られる、工場間のネットワークも作っている。こうした横つながりで常に作業のノウハウを改善していくことは、データを収集しているからこそ実現可能になっている。
アナログレコードは長年、製造プロセスで大きな変化が起きなかった。そのため、プレス機も技術者も変わる必要がなかった。それは結果的に、今レコードを自前で製造したければ、廃棄されるまで使い倒された旧式のマシンを修繕したり、パーツを買い付けるという選択肢しか残してこなかった。お金がかかるし、何よりプレス作業がコスト高になれば、レコードを作りたいインディーズのレーベルやアーティストたちには到底手の出せない代物になりかねない。
ヴァイラルと、彼らのウォームトーンが密かに注目を集めているのは、このような状況に新しい選択肢を与えてくれたからだ。
レコード文化をこれからも支えて、人の手に届きやすくするためにも、プレス工場とプレス機の現代化と進化は、必要不可欠なのだ。