イギリスの音楽ストア最大手「HMV」が経営破たんした。
1921年設立、創業97年の歴史を持つHMVのニュースが、クリスマスを過ぎた年末に全世界を駆け抜けた。
HMVの破たんは、タワーレコードやヴァージンといった世界から減り続ける大手レコ屋チェーンにまた一つ大手ブランドが加わることを意味している。
日本で展開するHMVジャパンは、ローソンの完全子会社のため影響を受けることはない。また日本におけるタワーレコードも、アメリカの法人から2002年に独立して運営しているので、世界の状況からは別の経営となっている。
イギリスでHMVが経営難を迎えた理由は、これまで頼りにしていたクリスマス商戦の不調が原因とされている。また、2019年3月からEU(欧州連合)から正式に離脱するイギリスの「ブレグジット」の影響で、国内の消費に対する姿勢が減っていることも大きく響いた。つまり今、イギリス人の財布の紐は固いのだ。
だがそれ以上に、音楽の購入が減っている現実問題が何よりも痛手だ。特にフィジカル形式の音楽を大型チェーン店で買うという行動もモチベーションも減少してきたことはもはや説明不要の事実。
振り返ると、イギリスでHMVは2013年にも破産している。今回で2度目の破たんになるわけだが、再建以降は常に経営難だったとは言いにくい。むしろその逆で数年前まではビジネスは好調だった。
2016年春には、イギリスの音楽やDVDの小売店売上規模で、業界2位まで復活を遂げた。
さらに2016年に、HMVはイギリス国内のレコード販売店最大の売上を記録し、業界1位に復活していた。当時の取材では「イギリス国内の128店舗ごとに最大1500枚のレコードを揃えるHMVは紛れもなくイギリス最大のレコードストアです」と自ら表明していたほどだ。
そんな前向きな状況を迎えながらも、またしてもHMVは再生できなかった。いくら品数を豊富に用意しても、イギリスの音楽ファンたちが大型店に戻ってくることはなかったのだった。
「音楽を購入する」という行動は大きな転換期を迎えている。言うまでもなく、サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスが世界的に広がっているからだ。SpotifyやApple Music、YouTube Music、Amazon Musicといったサービスが音楽を聴くツールとして定着し始めている。
そして、音楽を探す場所も変化してきた。HMVやヴァージンといった音楽ファンであれば一度は耳にしたことのあるレコード店ブランドが、アップルやYouTube、アマゾン、LINEといったIT企業の冠がついたサービスに置き換えられている。
こうした流れは音楽を買うという行動にも影響を与えている。音楽を初めて買う若者や、話題の音楽を買いたい人、何を買っていいか分からない音楽好きにとって、大型店は音楽を気軽に買える場所として、常に開かれてきた。
CDやDVD、カセットテープ、レコードに手で触れ、買って、聴き続けたりコレクションすることは、音楽やアーティストへの愛着を深める一つの方法として、これまで当たり前のこととして定着してきたが、そうした行動が大型店の消滅と共に忘れ去られようとしている。
さらに、サブスクリプションが今後進めば、音楽は選んで買うモノから、先に支払ってから選ぶモノに消費行動が変化するのだ。今のままでは、音楽を手に取って買う機会を知らない世代がどんどん増えていくだろう。大型店の撤退は、音楽を手にする機会損失を助長するといっても過言ではない。
レコードショップがその役割を担うだろう、という人は多いはずだ。だが、音楽を買うことに慣れていない人や、初めて音楽を手に取って買う人にとって、レコードショップは敷居が高い。
つまり、これからの音楽の買い方を音楽シーンは模索し始めている。そして、サブスクリプションとリアル店舗を行き来する新しい音楽リスナーを育てることに今、注目が集まっている。
メジャーレコード会社のユニバーサルミュージックが2017年に始めた「アーバン・レジェンド 」プロジェクトは、アーバンミュージックの歴史とレコード・カルチャーをミックスしたレコード専門レーベルとECサイト。ユニバーサルミュージックが1980年代から手がけてきた豊富なアーバンミュージック、ヒップホップ、ソウルの名作やレア盤を、熱心な音楽コレクターと若者世代に向けてレコードで復活させていく取り組みを行っている。
ユニバーサルミュージックには2パックやドクター・ドレー、エミネムなどのアーティストや、デフジャム、モータウンなど名門レーベルのカタログを持っている。アーバン・レジェンドは、これらの歴史ある音楽を若い音楽ファンに届けるためのハブとしての役割を目指している。
活動2年目を迎えた2018年、アーバン・レジェンドはアメコミ最大手の「マーベル・コミック」とコラボレーションを行った。映画『アイアンマン』や『キャプテン・アメリカ』『アベンジャーズ』などを手がけているマーベルが、自社の人気キャラクターをモチーフに、ヒップホップ名盤のジャケットを手がけるというこの企画が2018年12月から始まっている。
新たに製作された50セントの『Get Rich or Die Tryin’』(Aftermath)やGZAの『Liquid Swords』(MCA)などが、アイアンマンなどのキャラクターが3D立体印刷されたオリジナルのアートジャケットでパッケージされた。カラー盤のコレクターズエディションとして3,000枚が限定販売された。世界各地のレコードショップやECサイトで販売を行っている。
アーバン・レジェンドでは3カ月ごとにマーベルとの新たなコラボ作品をリリースしていく予定だ。
このユニバーサルミュージックのアプローチは、レコードや、音楽を手にすることが、決してコアな音楽ファンだけに向けられたものではないことを、レコード会社が示している。すでに10年、20年の歳月を経た作品も、マーベルという現代ポップカルチャーの文脈と接続させることで、2010年代のエンタメ好きな若者が注目したくなる音楽パッケージとして自然に提案している。たとえ50セントのピーク(2000年代)を知らない若者も、マーベル経由でアイアンマンに扮するトニー・スタークの予期せぬ紆余曲折した生き方に、50セントを照らし合わせてアルバムを体験すれば、お互いの接点を感じられ、アーティストのバックストーリーに関心が高まるはずだ。
音楽ストリーミングで聴ける音楽は増えたが、何を聴けばいいのか、分からないと感じる人は増えたはずだ。だが、音楽が欲しい、買いたいという時に、真っ先にレコードショップへ気軽に行こう、日頃から行こうと思う人は、昨今のレコード復活ブームでもまだ少数派と言える。だからこそ、音楽ストリーミングとレコードショップの間にいる、潜在的な音楽好きの需要を喚起して、音楽に関心を集めていかねばならない。2019年はレコードというフォーマットをいかに現代の若者の嗜好で再解釈して、文脈を接続できるかが問われる年になるだろう。