サイン蒐集家ゴベの『サイン入りレコード A to Z』第20回

WRITER
五辺宏明

第20回 SUPER JUNKY MONKEY

1993年12月12日
友人に誘われ、あるバンドを観に下北沢シェルターへ。そのバンドに興味があった訳ではないが、週末の予定は何もなかった。その日の出演バンドは3組。その中に彼女達はいた。
SUPER JUNKY MONKEYというバンドの名前は聞いたことがあった。ちらっと見た雑誌には人気があるように書かれていたが、その日の彼女達の集客は噂ほどではなかった。 しかし、彼女達のライブは衝撃的だった。特にヴォーカリスト。ダイナミックな身体の動き。ステージ上でグワッと振り降ろされる上半身にワンテンポ遅れて伸びてくるおさげ髪が幻惑的だった。
4日後に行われるライブをレコーディングしてライブ盤を出すという告知があった。行きたいと思ったのだが、当時大好きだった2組のバンドが共演するイベントと同日。既にそちらのチケットを購入済みだったので、泣く泣く諦めた。
終演後、機材を撤収しているメンバーの姿を見て驚いた。ステージ上の印象より遥かに小さかった。

1994年1〜2月
この頃、SUPER JUNKY MONKEYは頻繁にライブを行っていた。彼女達に興味を示す人間が周囲に全くいなかったので、一人で通った。
ウォークマンで録音したライブのテープをくる日もくる日も聴き続けた。

1994年3月20日
前年12月16日にライブレコーディングされた『キャベツ』のレコ発。このライブ盤が彼女達の最初のアルバムだった。半ば強引に友人を3人連れ、三軒茶屋ヘブンスドアへ。 この日まで何度か彼女達のライブを観てきた。彼女達を目当てに来ている客はそこそこいるものの、盛り上がっている感じはあまりなく、いつも物足りなかった。
ライブが始まった。友人達の表情が変わっていった。
"Revenge"という40秒弱のファストチューンでダイブした。ヴォーカリストの睦ちゃんが大喜びした。
終演後、友人達と飲みに行った。朝までSUPER JUNKY MONKEYの話をした。
その日以降、みんなでライブに通った。

1994年4月4日
新宿ロフトで、初めてきちんと睦ちゃんと話をした。
メンバー全員に『キャベツ』のCDにサインを入れてもらった。

SUPER JUNKY MONKEY『キャベツ』CD

MUTSUMI623、KEIKO、かわいしのぶ、まつだっっ!!
1994年4月4日 @新宿ロフト

1994年4月20日
ロフト以降、2回ライブを観に行き、睦ちゃんといろいろ話すようになった。
すっかり仲良くなった睦ちゃんとライブを観に行くことになった。WRENCH、GMF、BLIND JUSTICE(後のenvy)が出演していた。
平日だったが、睦ちゃんにせがまれ打ち上げに参加することになった。
大勢で店に向かっていた時、少し前を歩いていた睦ちゃんと友達の会話が聞こえた。「SUPER JUNKY MONKEYっていつぐらいからお客がつくようになったの?」という問いに「12月のシェルターから」と答えていたのが聞こえ、嬉しくなった。
その日出演していたバンドマンとも仲良くなった。それまで観に行っていたのは歳上のバンドばかりだった。同世代のバンドマンと繋がりができた忘れられない日となった。

1994年某日
10月にリリースされるアルバムの収録曲、"記憶の捏造"のコーラス入れに参加。レコーディングというものを体験した。

SUPER JUNKY MONKEYのライブには、余程のことがない限り必ず行っていた。地方に行ったりもした。
テレビ番組の収録を手伝ったこともあるし、U.S.ツアーに数日同行したこともある。当時、一大ブームを巻き起こしていた野茂英雄を観に、みんなでドジャース・スタジアムにも行った。

SUPER JUNKY MONKEYのメンバーとスタッフには本当に良くしてもらった。よく遊んだ。よく飲んだ。
でも、一番遊んだのはやっぱり睦ちゃんだ。ライブに行ったり、飲みに行ったり、買い物に行ったり。長電話も頻繁にした。手紙ももらった。口論もした。

1998年
彼女を取り巻く環境が一転した。バンドの音楽的な方向性にも変化が現れた。ライブの雰囲気も。
別人のようになってしまった睦ちゃんと話すことが辛くなってしまった。ライブから足が遠のいた。

1998年8月27日
新宿リキッドルームで開催されたイベントで、4ヶ月ぶりにSUPER JUNKY MONKEYを観た。そのサウンドは4月に観た時よりも更に進化していた。
SUPER JUNKY MONKEYの出番が終わり、ロビーで睦ちゃんと久々に会った。彼女は凄く喜んでくれた。

イベント終了後、睦ちゃんといろいろ話をした。
ライブアルバム『キャベツ』が数年後にアナログ化していた。他のメンバーには、前年のあるイベント(*)で共演させていただいた際にサインを入れてもらっていたので、睦ちゃんにもお願いした。
帰り際「またね~」とぶんぶん手を振ってくれた睦ちゃんの笑顔が忘れられない。それが最後だった。

SUPER JUNKY MONKEY『キャベツ』LP

KEIKO、かわいしのぶ、まつだっっ!!
1997年12月30日 @渋谷サイクロン
*睦ちゃん以外のメンバーが各々のユニットで出演。私はDJとして参加させていただいた。

MUTSUMI623
1998年8月27日 @新宿リキッドルーム

1999年2月
真夜中に電話が鳴った。
「ゴベちゃん・・・」
ベースのしのぶちゃんの声を聞いた瞬間に睦ちゃんが死んだと思った。

『PERFECT MAG.』VOL.7

1999年5月9日に新宿リキッドルームで開催された睦ちゃんの追悼公演「SUPER JUNKY MONKEY / MUTSUMI TRIBUTE - HOLY MOTHER OF MEATLOAF」の入場者に配られたパンフレット。

2008年12月
ライブハウスで久々に会った3rd Stone from the sun(SUPER JUNKY MONKEYの所属事務所)の小林さんは、開口一番に「来年の6月にイベントやるから!」と言った。驚きはなかった。彼がそう言わなければこちらから「やらないんですか?」と尋ねただろう。
10年目となる2009年にみんなが集結することを信じていた。ずっと。

毎年、2月5日(睦ちゃんの命日)の前後はSUPER JUNKY MONKEYばかり聴いている。
彼女達と過ごした日々を思い出しながら。みんなで会える日を待ちながら。

「SUPER JUNKY MONKEY presents "Songs Are Our Universe"」フライヤー

2009年6月20日
ジェイソンズ、WRENCHという、これ以上は考えられない最高の組み合わせが実現した。
フロア前方には知った顔がたくさんいた。
そして最後に登場してきた3人の姿を見て涙腺が緩んだ。3人の出した音は10年振りとは思えないタイトなものだった。私にとって、このバンドが昔も今もこれからもナンバーワンであることを再認識した。

ありがとう、ケイコちゃん、しのぶちゃん、つつ。
ありがとう、スタッフの皆さん。
ありがとう、ファンの皆さん。
そしてありがとう、睦ちゃん。あなたに会えてよかった。

SUPER JUNKY MONKEY『LIVE WE'RE THE MOTHER of MEATLOAF! HYPER COLLECTION』DVD+CD

http://www.galabox.jp/phone/product-list/0/0/?keyword=Super%20junky%20monkey&order=asc

五辺宏明(ゴベ ヒロアキ)

五辺宏明(ゴベ ヒロアキ)
レコード&昭和プロレス愛好家。 ライブハウスやクラブに足を運び、レコードにサインを入れてもらうことに喜びを感じる生き物。 そんなサイン入りレコードにまつわるアレコレをA to Z順に綴る。 ちなみに、生まれて初めてサインをお願いした有名人は故ジャイアント馬場氏。 (でも本当は80年代の新日&UWF派。好きなレスラーはブロディ、藤波、小林邦昭、後藤達俊、阿修羅原!)

世界中のレコードを、その手の中に
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