「たった1枚」と長く付き合うのが僕の聴き方〜マイケル・フランクス『スリーピング・ジプシー』

WRITER
林伸次

BAR BOSSAは、渋谷の喧騒を離れた裏道にあり、大人のための静かなお店。ワインを中心に手料理のおつまみや季節のチーズなどを取り揃え、BGMは店名から分かる通り、ボサノヴァが流れる。店主の林伸次氏は、CakesやNoteなどで連載を持ち、フォロワー数20,000人以上の人気文筆家でもあります。過去にはインターネットでレコードを販売する「ボッサ・レコード」というサイトも運営し、レコードに関わる知識は非常に豊富。さあ、8回目となる本記事、是非ご覧ください。

この文章を読んでくれているということは、あなたも「音楽好き」なのだとは思うのですが、「音楽好き」と言っても、色んな音楽との接し方があります。

まず大きく分かれるのが「ライブ好き」と「録音された音源好き」というのがあります。

僕は明らかに後者の「録音された音源好き」です。だから、結構好きなアーティストのライブも「ま、一回見たことあるから良いか」とか「うーん、高い、やめよう」なんてことがよくあります。ライブに行くよりもレコードを一枚でもたくさん買いたいというわけです。

一方、前者のライブ好きの方は、そのアーティストのCDは持ってなかったり、あるいは持ってても「ベスト盤一枚」だったりして、僕としてはすごく驚きです。でも彼らからしてみれば目の前の「生演奏」が一番最高なわけで、僕たちのような「音源好き」は気持ち悪いのかもしれません。

さて、「音源好き」も3種類分かれます。1つ目は「コレクター」です。一つでも欠けていると不安な人です。二つ目は「新しいのを常にチェックしている人」です。リリース情報をチェックして常に新しい刺激を求めています。三つ目は「好きな1枚を何度も何度も楽しむ人」です。僕はこの三つ目の人にあたります。

例えば僕は色んなアルバムをたくさん聞いてみたいので、すごくレコードは買うのですが、別にオリジナル盤にはこだわりません。もちろんオリジナル盤に近いと嬉しいのですが、そこまで追いかけません。

そして気に入ったアーティストを見つけたら、そのアーティストのアルバムをほぼ入手可能な限り買い集めるのですが、結局聞くのは1枚くらいで後は処分してしまいます。僕の持論なのですが、アーティストってその人生の中で1枚か多くても2枚だけ「完璧に美しいアルバム」を作れるのですが、他の多くは駄作かイマヒトツです。全てのアルバムが名作のアーティストってめったにいません。

そして僕はその「たった1枚の名作」を何度も何度も聴くというスタイルが好きです。

マイケル・フランクスの『スリーピング・ジプシー』というアルバムに出会ったのは19歳の頃です。僕はこういうアメリカの音楽は全く興味がなかったのですが、当時働いていたディスキャットというCD店のオーナー夫妻がAORやシンガー・ソング・ライターが好きで、このアルバムに出会いました。

このマイケル・フランクスの甘い声にノックアウトされて、彼の他のアルバムは全部そろえました。この前のアルバムやデオダートがアレンジのアルバムも良いには良いのですが、やはりこのアルバムは超えられなくて、結局、最終的に聴いてしまうのはこのアルバムです。

そして、10代の僕はブラジル音楽というものを聴き始めて、その後、このアルバムを聴くとあることに気がつきました。B面の『アントニオの歌』という曲は実は「アントニオ・カルロス・ジョビン」に捧げられているんです。

あ、そうか。これはアメリカ人がブラジルのボサノヴァの、あのアントニオ・カルロス・ジョビンの音楽世界が大好きで憧れて作った「音の世界」なんだと、初めて気がついたんです。

すると色んなことがわかりはじめてきます。オーケストラのアレンジがクラウス・オガーマンなんです。この人がジョビンの数々の名アルバムのアレンジを担当したのは有名です。

A面とB面の最後の曲が「バックがブラジルのミュージシャン」ということにも気がつきました。ボサノヴァ前夜にジョアン・ジルベルトらと活躍して「ボサノヴァ誕生」には出会わずにアメリカのジャズ界に飛び込んでしまった奇才ジョアン・ドナートのピアノが聴けます。

特に一番最後の曲は「ダウン・イン・ブラジル」です。ブラジルのあの音の世界に「ダイブ」するマイケル・フランクスの気持ちがよく伝わってきます。

本当に僕はこのアルバムばかり何度も何度も聴いてまして、実は最初の頃はサックスの音がどうも苦手だったんです。僕の世代は「フュージョン・サウンドはカッコ悪い」というのがどうも頭の中にあって、このアルバム、サックスがなければなあという気持ちがありました。

しかし、アメリカでボサノヴァといえば「スタン・ゲッツのサックスのイメージ」が強いわけだし、1970年代にその世界を再現するとなれば、マイケル・ブレッカーとデヴィッド・サンボーンの二人を配するのは「最高の布陣」だったということに、ずいぶんとたってから気づきました。

そして、最高の布陣と言えば、ジョー・サンプルとウイルトン・フェルダーとラリー・カールトンが参加しています。当時、ジャズ・フュージョン界のリーダー的存在だったクルセイダーズです。

そして後になって気がついてきたのが、プロデューサーはトミー・リピューマ、エンジニアはアル・シュミットです。

要するに、当時のアメリカの東海岸周辺の「最高のスタッフ」を集めたアルバムだったんです。これが名作にならないわけがありません。

そしてまた何度も何度も聴いていると、この『スリーピング・ジプシー』というアルバム・タイトル、このタイトルの曲がこのアルバムの中にないことに気がつきました。

普通、アルバムタイトルを決めるときは、そのアルバムの中から「代表的な曲のタイトル」をそのままつけてしまいます。『スリーピング・ジプシー』ってどういう意味なんだろうと思っていたら、ある日、突然、気がつきました。アンリ・ルソーの絵画からもらっているんです。

そうかあ、そういう「幻想的なイメージ」もこのアルバムにはコンセプトとしてあったんだ、と気づいてからは、さらに聴き直すのが楽しみです。

こんな風に「たった1枚」と長く付き合うのが僕の聴き方です。あなたは音楽とはどんな風に接しますか?

BAR BOSSA

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